春は出会いの季節。これまで馴染みがなかった分野の本を手に取れば、思いがけない発見があるかもしれない。おすすめの新刊を紹介する。
『風の中に立て ─伊集院静のことば─ 大人の流儀名言集』/伊集院静/講談社/1100円
余談から。伊集院さんに昔「借金のコツは同じ人から借りること。貸すほうは回収不能を恐れてまた貸してくれる」と直に教わった。女友達に2回目の借金を申し込まれた時その教訓を思い出したが、断ると本当に回収不能に。伊集院さんは正しかった。本書にも今後身をもって知るだろう名言が多々。生老病死にまつわる「サヨナラ」が身にしみ、氏への愛惜が止まらなくなる。
『定食屋「雑」』/原田ひ香/双葉社/1760円
夫から離婚を切り出された沙也加は、近所の定食屋「雑」でアルバイトを始め、その調理法に驚く。店主の老女「ぞうさん」は肉ジャガなどほとんどのものの味付けをすき焼きのタレで済ますのだ。「ぞうさん」の半生、店名の由来、沙也加の離婚話、常連さんの異変など、定食屋さんって地域の“広場”なんだなあとの思いを新たにする。コロナ禍を経て始まる“雑の未来”に乾杯だ。
『堤康次郎 西武グループと20世紀日本の開発事業』/老川慶喜/中公新書/1320円
堤康次郎(1889〜1964年)は早大生の時これからは株ではなく土地だと察知。箱根や軽井沢、学園都市の開発に乗り出し、新中間層に住宅や余暇施設を提供する。軽井沢の百坪の別荘が1935年当時500円の特価だったとは!? 敗戦後は池袋に西武百貨店を開業。急死後、事業は堤清二と異母弟の堤義明に引き継がれた。全身起業家。豪快な土地開発を通じて知る日本の戦前戦後史だ。
『転がる検事に苔むさず』/直島翔/小学館文庫/847円
東京地方検察庁の浅草分室で、倉沢ひとみを部下に検事として働く良き家庭人の久我周平。浅草で起きた若い男の死亡事件を他殺ではないかと疑い、倉沢とともに探り始める。警察小説は人気でも、検事が主人公の検察ミステリーというのは珍しい。大川原化工機冤罪事件や自民党裏金問題の少なすぎる取れ高など、ガッカリ続きの日本の検察。久我に一筋の光明を見いだす思い。
文/温水ゆかり
※女性セブン2024年4月18日号