原子爆弾を作った物理学者の人生を描いた映画『オッペンハイマー』が公開された。アメリカで“英雄”と称えられた男が、被爆地の惨状を知るにつれ深く苦悩していく姿に、唯一の戦争被爆国である日本で賛否が渦巻いている。
「核兵器も含め、あらゆる兵器を使用する準備ができている」
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が始まって2年が経過した3月13日、プーチン大統領はこう語った。昨年10月にロシアが核配備を完了させて実戦的な運用状態にあると報じられるなかで、「核の脅威」をかつてないほどに高める危険な発言だった。
目下、「核兵器」に対し、世界中から強い関心が集まっている。そして、その視線は日本にも向けられた。核兵器による凄惨な被害の実相を伝える広島平和記念資料館の2023年度の入館者数は、198万1617人で過去最多を更新。外国人が全体の3割超を占めた。
そうした状況下で、昨年7月に世界各国で公開された映画『オッペンハイマー』が注目を集めないはずがない。なぜなら、原子爆弾を開発した物理学者、J・ロバート・オッペンハイマーの人生を描くというセンセーショナルな内容だったからだ。全世界興行収入は10億ドル(約1500億円)超えを記録し、3月10日(日本時間11日)には米アカデミー賞で、作品賞や監督賞など7部門を受賞した。
その一方、公開直後には騒動にも巻き込まれた。『オッペンハイマー』と同日に公開されたバービー人形の実写版映画『バービー』の主人公が、オッペンハイマーの肩に乗り、その背景に原爆投下後の燃え上がる街を連想させる炎を合成したいたずら画像がSNS上に出回った。それに対して『バービー』の公式アカウントが、あろうことか、「記憶に残る夏になるね」とハートマークやキスする顔の絵文字を添えてコメントしたのだ。
「『バービー』製作サイドの見識のなさはいわずもがな、特に批判の声が噴出したのが、唯一の戦争被爆国である日本でした。原爆が日本にとっていかにセンシティブなテーマかということを、世界中で改めて強く認識されることになりました」(映画ジャーナリスト)
騒動が起きた当時、『オッペンハイマー』の日本での公開は未定だった。映画評論家の松崎健夫さんが言う。
「理由は公に発表されていませんが、『オッペンハイマー』は原爆が題材ということで、日本人の国民感情を考慮して、慎重に公開の時期や宣伝の展開を検討したと考えられます」
封切りされたのは、海外から遅れること約8か月後の3月29日。日本でも公開初日からの3日間で約23万人が劇場に足を運び、興行収入は約3億8000万円を超えた。各国で話題を呼んでいる同作だが、日本では十人十色の反応が巻き起こっているようだ。