2021年10月、突如としてTwitter(現X)に現れ、毎週のように“バズ”を巻き起こし続けてきた覆面小説家の麻布競馬場。格差や嫉妬心に疲弊しながらも東京に生きることをアイデンティティーにする人々を描き出す “タワマン文学”の旗手であり、堀江貴文氏や佐藤優氏、田村淳氏などが絶賛する、話題の人物でもある。待望の最新作『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋刊)に注目が集まるいま、執筆の舞台裏を語ってもらった。
「読んだ人からは、『だいぶ芸風変わったね』って言われます(笑い)。前作の『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』はサクサクっと1時間くらいでTwitterに“一発書き”したショートストーリーを本にしたものですが、今作は2か月に一度出る文芸誌への連載。1篇が長くなった分、登場人物も増え、一人ひとりの描写も深くなりました。また、締め切りまで時間があったから、毎晩読み返しては良かったところだけ残してダメだと思った部分を全部書き換えて……と気がついたら1編につき自主的に10〜15回位改稿してしまって、担当編集の方に驚かれました(苦笑)。
ただ、基本の執筆スタイルは変えていなくて。例えば“学生起業ブーム全盛期の平成28年、慶應のビジコンサークル”のように、世間的に正しいとされる舞台とコミュニティを設定すれば、僕が見てきたたくさんの人たちの集合体が登場人物となって勝手に走り出してくれるんです。自分では『生成系AIみたいな書き方だなあ』と思っています(笑い)」(麻布さん、以下「」同)
平成28年から始まり、平成31年、令和4年、令和5年と4つの時代を描いた連作短編集である今作の舞台は、ビジコンサークルに始まり、就活生に大人気のメガベンチャー、ソーシャルグッドな学生向けのシェアハウス、クラフトビールが売りのネオ銭湯……と、東京の“意識高い系”コミュニティ。コロナ禍を経て平成から令和と価値観が大きく変化する中、そこに属するZ世代の焦りや諦めがすさまじい解像度で描かれている。
中心にいるのは、高い能力を持ちながらも《総務部あたりに配属になって、クビにならない最低限の仕事をして、毎日定時で上がって、そうですね、皇居ランでもしたいと思ってます》《サラリーマンは適当にサボりつつ働いていれば毎月決まった額のお金が貰えるんですから、最高じゃないですか?》と窓際族を決め込む若者・沼田だ。
「沼田というキャラクターが生まれたのは、いろいろな会社にいる友達から“働かないZ世代”の実務的な悩みを聞いていたから(笑い)。彼らはシンプルに働かないんですよね。
だけどその理由を考えていくと、いまの時代はある意味で働かないことが最適解であるとも気づかされるんです。これだけ『親ガチャ(家庭環境によって人生が大きく左右される)』という言葉が市民権を得ている世の中で頑張る意味って、どれだけあるんだろう?と。成功者と呼ばれる人の中には“実家が太い”ことが大きなアドバンテージになっている人もいることは事実だし、何より『頑張ってもどうせ報われない、成功した人が別に頑張ったわけじゃない』と考えたら、頑張らない自分を正当化できる。特に賢い若者こそ、将来が見通せてしまうから頑張るモチベーションを持てなくなってしまう。
実際に中国ではすでに、最低限の収入を維持しながら結婚も出産も消費もしない『寝そべり族』が若者に流行し始めているので、日本も近いうちその流れが来るんじゃないかと思っています」