【書評】『詭弁社会―─日本を蝕む“怪物”の正体』/山崎雅弘・著/祥伝社新書/1023円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
記者クラブは公権力とべったりと言われてきたが、いまほどの底抜け感はなかった。記者会見で政治家やキャリア官僚たちが「詭弁」を弄して誤魔化そうとすれば、執拗に食い下がってきたものだ。単純思考で同じ質問をくりかえすのではなく、納得いく説明を求める気概があった。
新聞の購読部数が減り、テレビ報道が面白くないのは、権力側のあきらかな詭弁をそのまま記事にしているからだ。SNS上に溢れる一般ユーザーの率直なコメントのほうが、よほど本質に迫っている。遠慮のない批判は痛快で納得感があり、タメになる。マスメディア衰退の原因は、「ごく当たり前」の「論理力」を失い、「批判的思考」ができなくなっている報道体制にあると言っていい。
「説明を控えさせていただく」
「個別の話については……コメントを差し控える」
「誤解を与えたのならお詫びする」
「丁寧に説明していく」
こんな無意味な言葉をパソコンに打ち込むのに忙しい記者たちに、著者は危惧を抱いている。「詭弁の論法は『立場が強い者が弱い者に無力感を味わわせるために行なう』場合が多いので、詭弁が社会に蔓延すれば、現在の『立場が強い者が弱い者を圧迫する図式』は固定化され、さらに強化」されていくからだ。
議員や官僚の仕事は、全体に奉仕することであり、国民への説明責任は、「権力と引き換えに課せられた義務」である。「返答の拒否」が出た時点で、公職に留まる資格はない。しかしそんな発言をすれば、途端にしっぺ返しを食い、情報が取れなくなる。新聞社やテレビ局の編集幹部の恐れと委縮が、記者たちを押し黙らせている。
権力に忖度するいまの風潮は相当に異常だ。肩書、収入を振りかざし、国籍や性別で差別する傲慢な「強い者」の詭弁が氾濫し、「弱い者」を委縮させていくと、どうなるか。より強い者へカネと権力が集中する仕組みを肥大させる。その打開を模索したのが本書だ。
※週刊ポスト2024年4月26日号