将棋界の若き絶対王者は静かに天を仰ぐと、目を閉じてがっくりとうなだれた。4月20日、石川県加賀市内の旅館で将棋の8大タイトルの1つ、「叡王戦」の5番勝負第2局が行われ、藤井聡太八冠(21才)は挑戦者の伊藤匠七段(21才)に敗れた。
藤井がタイトル戦で黒星を喫したのは、昨年8月31日以来、約8か月ぶり。タイトル戦の連勝記録も16でストップし、歴代最多の17連勝に並ぶことはできなかった。大一番での敗因は、意外なところにあった。
「この日の対局で藤井八冠は、公式戦で初めて使う戦術を用いました。“奇策”ともとれる作戦でしたが、伊藤七段は冷静に対応。結果、藤井八冠が不利になって敗れたのです。
この対局に首をかしげる関係者は少なくありません。というのも2人はプロ入り後12度対局し、藤井八冠が11勝1分けと圧倒してきました。実力差は明白です。セオリー通りに戦った方が勝算が高かったのに、なぜ奇策に出たのか……12年前の因縁が関係しているとみる人もいます」(全国紙将棋担当記者)
藤井と伊藤は2002年生まれの同学年であり、プロ入り前から将棋盤の上でしのぎを削ってきた。
「初対戦はともにプロになる前の小学3年生の頃でした。伊藤さんが勝ち、敗れた藤井さんは会場中に響き渡るほどの大声で30分以上号泣した。藤井さんの負けず嫌いぶりをあらわすエピソードです。
のちに、伊藤さんは“藤井を泣かせた男”と呼ばれるようになった。幼少期の話とはいえ、あの冷静沈着な藤井さんがそれだけ感情をあらわにしたということは、よほど悔しかったのでしょう。苦い記憶は、いまでも脳裏に刻まれたままで、今回の奇策につながったのかもしれません」(将棋関係者)
藤井の背中を追う伊藤の足音が大きくなったのも、無関係ではないだろう。2016年に史上最年少でプロ入りした藤井から遅れること4年、伊藤がプロになったときには藤井はすでに棋聖と王位の二冠だった。
「伊藤七段はプロ入り直後こそ藤井八冠に歯が立たない印象でしたが、年々、着実に力をつけています。実際、4月7日に行われた叡王戦シリーズの第1局では藤井八冠が勝利したものの、終盤まで譲らぬ大接戦。幼き日に苦汁をなめさせられた同級生の急成長に、藤井八冠は“次は勝てないかも”と脅威を感じ、連勝記録のプレッシャーも重なって、絶対王者としての将棋に狂いが生じたのかもしれません」(前出・全国紙将棋担当記者)
叡王戦の第3局は、5月2日に行われる。棋界を沸かせる名勝負を期待したい。
※女性セブン2024年5月9・16日号