【書評】『飛ぶ男』/安部公房・著/新潮文庫/649円
【評者】大塚英志(まんが原作者)
そういえば安部公房は『第四間氷期』で未来を予測するコンピュータ「予言機械」を登場させていたよなと彼の未完の小説『飛ぶ男』を読みながら思い出した。死後に発見されたもので、9つのバージョンがあるそうだが、「予言機械」が未来を予測できるなら未完の小説の結末も予想できるとこの時の安部は考えなかったのか。
「飛ぶ男」の別バージョンの「さまざまな父」からの連想ではないが、安部の書き直しはいわば「小説の予言機械」からひとつの着想の「さまざまな」バージョンを書き出す作業にも感じられる。だから流行りのAIで創作者の創作行為を代行する不適切な実験は、しかし、安部公房の創作行為に対してはある種の批評になるのかとも思う。などと大仰に言ってみるが要は100字ほどの着想をハリウッド映画型の物語として生成するAIが手元に実際にあるのでつい試してみたくなっただけの話である。
「ストーリーメーカー」と言って昔、ラノベやまんがのストーリーの作り方を教えるために作った教材で30の設問に答えながら自力でプロットを構築するものだが、それをAIに代行させられないか、とその筋の人に聞いてみたらすぐに作ってくれた。
無論、「飛ぶ男」の未完の物語の要約の仕方で生成されるストーリーは「さまざま」だし、同じ要約の文を入れても結果は「さまざま」だ。ある「さまざま」では主人公がダースベーダーの如き父の待つ場所に最終決戦に向かい、また、別の「さまざま」では「異世界や異次元の存在する空間」に最大の敵として隣人の女が待ち受けている。
安部に限ってそんなベタな展開はないだろと批判されそうだがAIに生成させるため未完の小説の要約を繰り返し作り直して感じるのは安部の未完の小説が物語論に思いのほか忠実であり、安部が死んだ90年代初頭の時点では、村上春樹も中上健次も大江健三郎も物語の文法を戦略的に実装した小説を書いていたわけだから安部がそのことに批評的でなかったとは到底考えられないよな、と思ったりもする。
※週刊ポスト2024年5月3・10日号