提供:株式会社マンダム
いよいよ夏がやってくる。今年は5月から30℃を越える地域もあったほどで、気象庁の最新の暖候期予報によると、今夏もまた平年を上回る過酷な暑さが予想されている。エアコンの効いた自宅でテレワークするなら、暑さも気にならないが、国土交通省の調査によるとテレワーク実施率(全国平均)は下降傾向にあり、令和5年度は16.1%で前年度に比べ2.7ポイント減少している。今年度はさらに下がると見込まれ、コロナ前に近づきつつある。
猛暑のなかでの通勤・通学や人との対面で困るのが、“汗とにおいの問題”だ。自宅から駅やバス停までの短い移動でも、30℃を越える暑さだと汗だくになり、その状態で満員の電車やバスに乗り込むと、なかなか汗が止まらなくて毎回周囲の目が気になる。中でもワキ汗は特に気になるところだ。
汗が出る部分を「眠らせる」新技術
ワキ汗を防止するために制汗剤を使う人は多い。ドラッグストアではさまざまな製品が売られているが、そもそも制汗剤はどんなしくみで汗を止めるのだろうか。
化粧品会社・マンダムの先端技術研究所ライフサイエンス研究グループのマネジャー・原武史さんが解説する。
「一般的な制汗剤には、汗の出口である汗腺にフタをして、汗を止める成分(アルミニウム塩など)が入っています。ですが、完全に止めるわけではないので、汗をかくうちに、徐々にこの成分は流れてしまいます。効果が長続きしないのが課題でした」
同社が2023年9月に20~59歳の男女449人を対象に実施した制汗剤使用者への調査によると、3人に1人が効果に満足していないという結果が出たという。
「そこで弊社では大阪大学との共同研究で、発汗のメカニズムを解明し、汗腺の“根元”の部分を眠らせて、汗を抑制する新たな制汗成分を発見しました」(原さん)
この研究成果は、2023年9月にスペイン・バルセロナで開催された「第33回国際化粧品技術者会連盟バルセロナ大会2023」で発表され、ポスター部門で最優秀賞を受賞した。
実はこの原さん、マンダムで17年間にわたって汗や体臭の基礎研究に携わり、数多くの研究成果をあげてきた。今回の研究成果も13年間にわたる努力が結実したものだ。では、新たに発見された制汗成分とは、どんなしくみなのか。
「汗腺はホース状になっていて、その根元はコイルのように巻かれた構造になっています。脳から発汗指令が出ると、このコイル部分が収縮運動をし、それがポンプのように働き、コイル部分に溜まっていた水分(汗)がホースを通じて体表面に送り出されることがわかったのです。この収縮運動を止めれば、発汗を抑制できるのではないかと考えました。そこで、ヒトに対する安全性が客観的に確認されているさまざまな成分のなかから、収縮運動を止められるものを探しました」
どのようにその成分を見つけたのか。
「ヒトの皮膚に使用できる成分はそれこそ何千とあり、すべてを試すのは不可能ですから、ある程度、絞り込む必要があります。人間の体には収縮運動を繰り返す部位が多々あり、心臓が代表的ですが、血管も収縮や拡張をしていて、そうした部位への薬剤の影響に関する知見を活かしてあたりをつけ、ヒトの皮膚から取り出した汗腺で実験をして、収縮運動を止める成分を何種類か見つけました」(原さん)
ただ、試験管内で収縮運動を止めても、実際に人の皮膚でうまく働くとは限らない。
“汗の研究”、もう一人の「キーマン」
そこで、開発リレーのバトンを受け取ったのが、同じく先端技術研究所の研究員・久加亜由美さんだ。大学では細胞生物学を学び、製品開発を4年経験した後、2012年から体臭の研究を始め、2015年には国家資格である「臭気判定士」の資格を取得している。
「制汗成分の効果を評価するには、まず発汗量を正確に評価する必要がありますが、実は最近まで汗をかきやすい脇の発汗量をリアルタイムで計測できる評価法がなく、私はその開発に取り組んでいました。この新しい制汗成分の開発とは別に研究を進めていましたが、ちょうど評価法を確立したタイミングで新しい制汗成分の評価を担当することになったのです」
ワキの発汗量評価法が確立できても、制汗効果の評価は難しい。
というのも、汗には、暑いと感じたときに体温を調整するために出る「温熱性発汗」や、緊張や興奮を感じたときに出る「精神性発汗」、辛いものを食べたときに出る「味覚性発汗」などさまざまあり、同じ気温・湿度でも発汗量はその人の体調や精神状態などに大きく左右されるからだ。
大事な商談でのプレゼンや上司への後ろめたい報告で、じっとりワキ汗が出た経験がある人も多いだろう。同じ室内環境下でも同じ量の汗が出るとは限らないため、その状態では制汗成分に効果があるのかないのかわからなくなってしまう。
「まず自分でワキの汗をかいて、どういう条件を揃えれば同じ量の汗がかけるのかを探りました。室温、湿度を揃えるのはもちろんですが、最初の頃は時間帯を揃えずに試験をしていたので、変動が大きかったんですね。試験前に上司から指示を受けたら、その日の試験では発汗量が増えたという経験もしました(笑)。
ですから、昨日も今日も同じ量の汗がかけるよう、食事や睡眠などを同じルーティンで保ち、朝起きてから午前中の試験まで心穏やかに過ごすようにして、ようやく汗の量を一定にできました。制汗成分の評価では、被験者の方にも当日の朝食の量や飲む水分量を同じにし、ミーティングなどを入れないようにしてもらっています」(久加さん)
こうして評価法を確立したうえで、新しい制汗成分の評価に取り組んだ。候補として挙げられた何種類かの成分のうち、もっとも高い効果を上げたのが、生薬の甘草から抽出される成分「グリチルリチン酸モノアンモニウム(GMA)」だった。
「室温31℃、湿度60%という環境下で、15分間のエアロバイク運動をするという条件で、GMAはワキの汗を約6割抑えるという高い効果を示しました。緊張したときに掌にかく汗にも効果が確認されています」(久加さん)
処方検討においては、この発汗量を減らすGMAと汗の出口にフタをする既存の成分(ACH)を併用することで、フタの役割を果たす既存成分が汗で流れ出すのも抑えるという相乗効果を狙えると考えているという。
この研究成果は、今後、どのような発展が見込まれるのか。
「発汗のメカニズムを解明し、人を使った評価法を確立できたので、制汗とは逆の発想ですが、発汗を促進する技術も開発できるのではないかと考えています。高齢者は汗が出にくくなって熱中症のリスクが高まりますが、収縮運動を活性化する成分を見つければ、発汗剤に応用できると思います」(原さん)
出すぎても、出なさすぎても、不都合が起きるのが汗。それをコントロールできるようになれば、ニオイの悩みを解消するだけでなく、人の命を救う可能性もあるのだ。