6月の2連戦で2026 FIFA W杯アジア2次予選が終了すると、サッカー日本代表は9月に始まる最終予選に臨むことになる。1998年フランス大会以来の8大会連続出場を目指すが、日本からW杯に出場するのは代表ばかりではない。実は日本人審判員が本大会のピッチに初めて立ったのは1970年のメキシコ大会だった。世界の一流選手どうしが戦う国際大会で笛を吹く審判には、どんな苦労があるのか。2014年のブラジル大会で、日本人として初めてW杯開幕戦の主審を務めた西村雄一氏に、スポーツを長年取材する鵜飼克郎氏が聞いた。(全7回の第2回。文中敬称略)
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国の威信を懸けて戦う国際大会ともなれば、ワンプレーの重みが違う。負けられない戦いの中で、国籍や言葉の違う両チームの選手がヒートアップすることも珍しくない。そうした試合の笛を吹く国際審判員にはジャッジの正確性だけでなく、それを伝えるコミュニケーション力も求められる。
国際試合では基本的にサッカー発祥の地・イギリスの言語(英語)が「公用語」とされるが、国際審判員にはどの程度の語学力が求められるのだろうか。国際審判員を42歳で退任後、現在はJFA(日本サッカー協会)のプロフェッショナルレフェリーとしてJリーグで笛を吹く西村雄一はこう言う。
「国際審判員になるにあたって、例えばTOEICのような語学テストで何点以上という基準はありません。私が国際審判員になった頃は、審判員が試合中に会話する相手はほとんどが目の前の選手たちだけでした。しかも『こっちに来て』とか『離れて』といった行動を求めたり、怒っている選手をなだめたり、倒れた選手に『大丈夫?』と訊ねたりする言葉が大半です。だから私の英語力はそんなに高くはありません。いわゆる“サッカー英語”、正確に言うなら“レフェリー英語”です。
競技規則の英語版に載っている単語をベースに、何とか選手とコミュニケーションをとっていました。日常の審判員同士の会話で“明日は午後1時に出発”くらいは間違いませんが(笑)、一般的にイメージされる“高い語学力”は必須ではありませんでした」
ピッチ上では言葉に頼らず「絆を深める」
ピッチ上で選手たちとの意思疎通を円滑にするために、現場で英語を勉強したというが、一方で「実は試合中に流暢な英語はあまり必要ない」とも話す。
「W杯の常連国で英語を母国語とするのはイングランドとアメリカ、オーストラリアくらい。それ以外の国の選手は、普段は自分の母国語で喋っているので、国際試合のピッチではスペイン語、ポルトガル語など、両チームの言語が入り混じっているわけです。そもそも英語が通じない選手も少なくありませんから、審判が流暢に英語を喋るとまったく通じないこともあります。ピッチ上では言葉に頼らず、笛やジェスチャーを交えながらお互いに絆を深めていくようなコミュニケーションをとっていました」