【書評】『炒飯狙撃手』/張國立・著 玉田誠・訳/ハーパーBOOKS/1390円
【評者】川本三郎(評論家)
台湾発の骨太なスリラー。炒飯狙撃手とは意表を突くが、主人公のスナイパーは軍に属しながらその正体を隠し、表向きはなんとイタリアの小さな漁師町でテイクアウトのチャーハン店を開いている。彼は軍の影のような存在。フランスの外人部隊にいたこともある。台湾はつねに中国との緊張関係にあり、軍にこういう狙撃手がいても不思議ではない。
ある時、彼は密命を帯びてローマで台湾人を殺す。この男が何者かは知らされていない。ところが不思議なことに狙撃者である彼自身が、得体の知れない狙撃者に狙われていることを知る。誰が何のために彼を狙うのか。舞台はイタリアから、ハンガリー、チェコと広がる。台湾の小説でこの広がりは珍しい。
一方、台湾本国では海軍士官と陸軍士官が相次いで不審死をする。事件を定年退職間近いベテランの刑事が追う。この刑事がもう一人の主人公になる。
たえず中国の侵攻に備えなければならない台湾では、武器商人が暗躍することになる。このあたりもリアリティがある。狙撃者がローマで殺した男は、政府の戦略顧問だったことが分かる。どうやら武器の密売組織と関わっていたらしい。そこから台湾の二つの事件とローマでの狙撃事件は武器密輸がからんでいたことが刑事の目には見えてくる。
このあたり、対中関係でつねに緊張状態にある台湾ならではの厳しい状況が反映されている。ポリティカル・アクションの趣き。もうひとつ、闇の組織が関わってくる。台湾には、一時期の性教育の不徹底で、孤児、みなし子が多いという。それをひそかに闇の組織(どこかマフィアのような)が引き取り、育て、狙撃手や殺し屋にしてゆく。彼らは「家裡人」と呼ばれる。一種のファミリー。
事件の裏にはこの闇組織もからんで来る。非常に硬派の作品に仕上がっている。時折り、狙撃者が作るチャーハンが絶妙に緊張をほぐしてくれる。
※週刊ポスト2024年6月21日号