平年より遅い本格的な梅雨シーズンがやってきた。不快な蒸し暑さが増し、熱中症のリスクが高まる時期こそ、涼しい部屋で快適な読書がおすすめだ。チェックしておきたい新刊を紹介する。
『観光地ぶらり』/橋本倫史/太田出版/2750円
道後温泉、羅臼、郷里の広島など国内10カ所を訪ねた旅。観光地より裏路地が好きなので、本書のぶらり感は好もしい。土地の人と話し、ゆかりある先人に思いを馳せ、近過去と現在のあわいで何事かを思う。別の言葉で言えば観光地を消費する旅ではなく、自分を観光地に向かって拓く旅。竹富島の民が「フェリーの最終便が出たあとが島時間」と言うのに暮らしの本質を見る。
『海を破る者』/今村翔吾/文藝春秋/2200円
鎌倉時代の元寇。台風という神風が吹いて日本は無事だった。という教科書的知識の背景を、村上水軍で知られた伊予の河野通有(一遍上人の親戚でも)を主人公に活き活きと描く。通有が海外に向けた好奇心、友愛の精神、人皆等しく同じという現代では反日とされる価値観など、通有という男に惚れずにはいられない。著者の思想がまっすぐ移植された好著。戦のシーンも圧巻。
『俺、つしま4』/おぷうのきょうだい/小学館/1320円
野良上がりで(表紙のように)顔がデカい家猫つしま。森でかつての友に出会い、「俺のかお/忘れちまったのかよ」と声をかけると「だれがわすれるもんか/そんなでかいかお」と返される。青いオーラを発するおじいちゃん(実は女性)と、甘えん坊の「ちゃー」や「オサム」との日々に加え、「猫は瞬間移動できるのか?」など猫アルアルの章も。猫好きにはこたえられない一冊。
『火の鳥 いのちの物語』/手塚治虫 原作 鈴木まもる 文・絵/金の星社/1540円
歓喜の中で描かれている絵はすぐ分かる。この絵本がそう。著者の鈴木氏が敬慕してきた手塚治虫氏。自分が中学生の頃に、手塚氏が連載を始めた生命讃歌『火の鳥』への畏敬の念。『火の鳥』を絵本にするという大仕事を前に、「恐れ多くて」と怯んだものの、描き始めたら喜びがまさったという。原作と絵本作家の幸福な出会い。鈴木氏が描く火の鳥の首の優美さにうっとり。
文/温水ゆかり
※女性セブン2024年7月4日号