俳優、エッセイスト、イラストレーター、テレビマンなど、数々の分野で類稀なる才能を発揮してきた伊丹十三さん。「映画は僕の全人生の煮こごり」と語ったように、彼が最後に辿り着いた仕事の集大成が映画監督だった。その監督デビューから40周年となったいま、関係者に初長編『お葬式』の製作秘話を聞いた。(文中敬称略)
* * *
伊丹十三記念館で館長代行を務める玉置泰氏は、10本の伊丹映画を製作した陰の立役者だ。元々は自身の会社が販売する名菓「一六タルト」のCM出演を伊丹に依頼したことから縁が生まれた。伊丹から相談を受けた玉置氏は『お葬式』の製作費の半分である5000万円を即決で出資した。
「当たるとは思ってなかったけど、不安はなかったんです。伊丹さんが僕とふたりきりの時に『死ぬまでかかってでも(お金は)返しますから』と言ってくれたから。人として伊丹さんを信じていたし、僕のことも信頼してくれていた。当たらなかったら、本当に死ぬまでCMに出演してもらえたらいいやと思っていましたね(笑)」
現在の伊丹プロダクションで社長を務めるのが伊丹・宮本夫妻の次男・池内万平氏だ。
当時8歳で子役として『お葬式』に出演したが、母の宮本は「万平がちょろちょろ動くので怒られるでしょ。じっとしていればいいのにって私は心が乱れるわけ(笑)」と当時の心境を吐露している。万平氏が振り返る。
「大人がたくさん集まるのがお祭りみたいで子供心にテンションが上がっていましたね。私は落ち着きがないので、怒られるわけです。本番が始まってもしゃべっていましたから(笑)。宮本さんは共演者として見なくてはならないのが大変だっただろうなと思います」
万平氏はお小遣いとして1万円を直接伊丹からもらったが、正式な出演料が口座に払われていたことを後日知った。たとえ息子でもひとりの出演者として扱った伊丹の資質が垣間見える。
●伊丹十三記念館
愛媛県松山市東石井1丁目6番10号
開館時間 10:00~18:00(入館は17:30まで)
休館日 毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)
取材・文/奥富敏晴(映画ナタリー) 企画協力/松家仁之
※週刊ポスト2024年7月12日号