放送作家、タレント、演芸評論家、そして立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、5000人の笑い声を浴びた体験について綴る。
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まさに初めての初回の初体験。私ひとりを大好きな5000人もの人の歓声をこの耳で聞くなんて。6月28日(金)はドシャ降り。なのに上の上までビッチリ埋まった人々々。聞けば飛行機で北海道、沖縄から駆けつけた方々もいる。人間何でも長くやってれば信用と愛情を浴びるものだ。ニッポン放送『高田文夫のラジオビバリー昼ズ リスナー大感謝祭 そんなこんなで35周年』も無事有楽町の“東京国際フォーラム、ホールA(一番でかい5000人収容)”で開催、そして閉幕。
76歳、私もいろんな会場やら寄席でライブをやって参りましたが、5000人の笑い声は浴びた者にしか分からないとんでもないものです。私の今年のコピーは「人気とは高さではなく長さだ」。そして「鶏はトリガラ 人は人柄」。言った通りになってホッ。今年上半期の目標はたった2ツで「フォーラム」を満杯にすること。そして『月刊TAKADA 丸ごと一冊高田文夫』が売れることと願ったら、今朝出版社から「四刷です」の嬉しいTEL。
当日集まった子分共(レギュラー)は、松本明子、東MAX、黒沢かずこ(森三中)、昇太、乾貴美子、清水ミチコ、ナイツ、松村邦洋、磯山さやか。最強の私の長屋の住人だ。
これだけでもお腹いっぱいなのに私は「文夫の部屋」も用意し、トークの凄味を堪能してもらおうと5組10人を呼び出していた。格闘マニアなお笑いフェチが「高田の10人組手ですネ」と言った。1組10分で次々登場しおよそ一気に1時間アドリブで喋り倒すのだ。やって来たのは爆笑問題、宮藤官九郎、サンドウィッチマン、神田伯山、純烈と100万円とっても充分のメンバー。
本番前、私の楽屋へ来た爆笑・太田。私が日頃からラジオなどでも「オレは1948年生まれだからチャールズ国王とピーマンと同い年なんだよ。ピーマンが日本に入ってきたのがオレの生まれた年なんだから」と言ってることにライバル心を燃やし、負けん気の強い所を見せ大きな段ボールを差し出し「ボク、アスパラと同い年なんです」。もの凄い量のアスパラを持ってきた。翌日より私の食卓には毎朝アスパラが並んだ。
入れ代わってクドカンが入ってきて「“歌舞伎町”のドラマ始まるんで──それよりこれ」と見ると何だか分からない筧美和子のビキニ写真集。この人の名、今まで一度も言ったこともないのに。開くとクドカンのサインがしてあって“まだまだ憬れるのはやめません”。これは私に対してなのか筧に対してなのか。そして「この写真集は一切関係してないです」とあった。奇人が寄ってくる。「キジンがくる」(麒麟がくる)?
※週刊ポスト2024年7月19・26日号