【書評】『あきらめる』/山崎ナオコーラ・著/小学館/1980円
【評者】嵐山光三郎(作家)
「あきらめる」は「望みを捨てる」ことだが古語では「真相をあきらかにする」という意味である。両義ある「あきらめる」が最初の一行からポタッポタッと落ちてくる近未来のフシギ小説。
火星移住の募集ポスターがマンションの掲示板に貼ってある。第十二期の新しいポスター。「老人」「シニア」「高齢者」が増えて「成熟者」と呼ばれている。ポスターは『成熟者』と『七歳未満の子どもとその家族は優先的に移住できます』と書いてある。
主人公の早乙女雄大は「あ、き、ら、め、る」とつぶやきながら、川沿いの「孤独散歩」をして、カワセミを見つけた。雄大はしゃがんで土いじりをしている子どもに尋ねた。「もうすぐ小学生かな?」子どもは「リュウ」と名乗った。「来年に小学校に上がる予定で…」とつきそいの親・秋山輝が返事をした。
雄大が三十年住んでいる緑マンションの住人だ。川の向こう岸を小型ロボットが移動していく。雄大は、その足で友人の岩井が入院している病院へ行く。車椅子に乗った岩井は雄大の恋人でもある。雄大には弓香という妻と子どもが二人いる。
岩井は雄大の手を握って「どうもありがとう」と礼を言ってオーロラまで飛んでいく夢を見る。雄大の妻の弓香は一年前から火星に住んでいる。雄大はインターネットを検索し、火星移住の事務手続きをした。
ここまでが第一章だが、トラノジョウという奇妙な少年をはじめ「挨拶ができない人間」「受験の失敗でくじけた敗者」「集合写真に入らない登園拒否児」「育児放棄」(ネグレクト)たちの避難さきが火星なのだ。
人間社会で「弱者」とされた人々の移住が優先されていく。人間社会に適合しないマイノリティたちが火星へ移住するテンマツを、縦横無尽、自由自在、思う存分に書きつくす。あきらめるという治療とひらきなおりが、ナオコーラさんの愉快なSF処方箋なのですね。
※週刊ポスト2024年8月2日号