【貴重証言】グリコ・森永事件から40年 元捜査幹部が明かした「逮捕のチャンス」
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1984年10月15日:青酸入り森永ドロップが発見されたコンビニの防犯カメラに映っていた男の映像が公開された
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監禁先から脱出後、記者会見するグリコの江崎勝久社長(中央)
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犯人グループがサンケイ新聞社に送った“挑戦状”
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1984年3月18日夜:自宅の浴室から2人組に拉致された江崎グリコ社長が監禁された大阪府内の安威川沿いの水防倉庫。犯人の一人は社長に、長女も誘拐したと話していた
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1984年3月19日:グリコ取締役が電話で指示された公衆電話ボックスで発見した脅迫状。午後6時23分、取締役宅への電話に社長が指示を読み上げるテープが流れた(時事通信フォト)
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1984年4月10日午後8時50分頃:大阪市西淀川区のグリコ本社工務部試作室から火の手があがり、午後9時10分頃にグリコ栄養食品の車庫にあったライトバンが放火された
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1984年5月10日:新聞社に送られた挑戦状内の「せいさんソーダ いれた」を受け、グリコ製品が店頭から撤去された
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スーパーで商品を慎重にチェックする制服警官(写真/共同通信社)
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「グリコ森永事件」犯人の似顔絵。キツネ目の男
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1984年10月には森永社員たちが、安全性を担保するため街頭で直営販売を行なった
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1984年11月6日:森永が朝刊に出した犯人の要求に応じる内容の暗号広告。「二郎」は犯人、「悪友」は警察、「食事」は金(時事通信フォト)
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1985年8月12日:「くいもんの 会社 いびるの もお やめや」と、犯人側からの終結宣言がマスコミに届く
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2000年2月12日:完全時効9時間前の大阪府警記者会見(時事通信フォト)
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メモを手にして語る開発氏(撮影/上田千春)