京急蒲田駅から駅前通り商店街を東へ徒歩5分、「たこ焼き」の赤提灯が目印の阪口酒店。「南蒲田の裕次郎」こと3代目店主の阪口昇さん(63歳)は街の人気者。自らを”ぼくちゃん”とおどけて呼ぶ店主を慕って集う客らで連日大賑わいだ。
「みんなからは”たこぐち”なんて言われているよ。たこ焼きをつまみにわいわいやっているってわけ」(店主)
「この赤提灯目指してやってきて、昇さんとしゃべって飲んで、気が晴れるのよ」と客が言えば、「この赤提灯は、かれこれ6回も作り直したんだぜ」と”裕次郎”が返す。
酒屋なのに提灯の文字は「たこ焼き」。その理由を店主はこう打ち明ける。
「うちのたこ焼きは、かつて商店街にあったたこ焼きの名店の味を忘れられなくて始めたんですよ。おばあちゃんがひとりで焼くたこ焼き屋でね、ぼくちゃんは子供の頃から大好きだった。地元の子はお小遣い握りしめてよく行ったものよ。今はもう店はなくなっちゃったけど、あの楽しかった思い出の味に近づけようと思って、毎晩焼いているんだよ」
阪口酒店は、商店としての歴史が長いという。創業は、曽祖父。戦前に和歌山からここ蒲田に出てきたことに端を発する。
「最初はよろず屋でね、爺さんの代で酒屋になったんだよね。そのときに、塩豆をつまみに出して、酒を量り売りで飲ませる“角打ち”を始めました。昔は、木の冷蔵庫があってね、氷で酒を冷やしていたのを覚えていますよ。
父の代は白物家電が行き渡って日本が富んでいる時代だね。でっかい電気冷蔵庫がうちにも来たんだよね」(店主)
現在の店構えになったのは15年前。
「ぼくちゃんの代で、アメリカンスタイルにしたんだよ。あれ、ピンとこない? キャッシュ・オン・デリバリーってことよ!(笑い)」
店主の名調子に客が思わず笑う。今夜もしゃべりが軽快で、キレキレだ。毎晩、客たちの会話に絶妙な合いの手を入れては、場を盛り上げている。
店内はソースの香りが漂い、縁日の活気を思わせる。たこ焼き以外にも、お好み焼きに似たオリジナルの「カマシ焼き」も人気で、タコ、エビ、ソーセージ、ちくわ、卵、キャベツが入ってボリューム満点。ふんわりとろとろに仕上げてあって、酒に合うと店の看板メニューの一つになっている。こちらの味のルーツも先の “たこ焼きの名店”だという。
「ここのお客さんはホントよく食べるよ~」と厨房で汗だくになりながらフライパンを振るのは、相棒のアキちゃんこと田中昭男さん(71歳)。店主の先輩であり、南蒲田で居酒屋の名店を30年やっていたが、京急線の区画整理で店を閉めて以来、ここで調理を担当している。「つまみ食いする暇もないよ」と言っている間にも、どんどん注文が入る。