いつもより時間が確保できるお盆休み。外出でして人混みにもまれるよりも、涼しい屋内でゆっくりと本の世界に浸り、英気を養う休日にしてみては。おすすめの新刊を紹介する。
『転がる珠玉のように』/ブレイディみかこ/中央公論新社/1650円
英国ブライトンでの暮らしや帰国時の出来事を綴ったエッセイ。コロナ禍での「連合い」(この表記にはこだわり有り)のがん入院、福岡の実母の謎めいた遺品、息子(孫)と父の仲良しぶりなど。面白いなあと思ったのは旅への衝動を「痒い足」(itchy feet)と言うこと。我が地方ではお喋りが止まらないことを「口が痒い」と言う。英語と九州弁に通底するものがあったとは!?
『サンショウウオの四十九日』/朝比奈秋/新潮社/1870円
医師の仕事をする中、突然小説を書き始め、三島由紀夫賞、泉鏡花賞、そしてこの7月の芥川賞受賞と快進撃中の著者。本書の主人公は同じ身体で生きる結合双生児の姉妹で、多重人格のことかと思うが、人格や意識が交替するのではなく別人格として同時に存在するのがミソ。姉妹の父が胎児内胎児だったことなど人体の摩訶不思議な宇宙で、意識とは何ぞやと考えさせられる。
『寂しい生活』/稲垣えみ子/幻冬舎文庫/825円
思わずふき出す。3.11の原発事故を機に節電に励むも、眺望に惹かれて引っ越した先はオール電化のマンション。迂闊すぎます。でも家電製品リストラが冷蔵庫に及ぶくだりでは猛省もさせられる。便利で豊かな生活の象徴である冷蔵庫は、実は自分で制御できなかった欲望の墓場。題名の「寂」とは仏教用語で煩悩の消えた平安な境地のこと。解説の玄侑宗久氏がそう教えてくれる。
『塞王の楯』/今村翔吾/集英社文庫/上下巻各880円
本書の斬新さは武将視点ではなく、技能集団の若きリーダーの目線から戦国時代を描いていること。職能好きにはこたえられない。石垣造りの「穴太衆」、鉄砲造りの「国友衆」。前者はいわば守りのプロ。後者は攻めのプロ。実在した両集団が戦にかけたプライドと哲学を、石工・匡介の目を通して描く。後半の大津城の攻防は圧巻。物語の大きさにラストの愛らしさが華を添える。
文/温水ゆかり
※女性セブン2024年8月22・29日号