敗戦から今夏で79年。戦争を体験した世代の高齢化に伴い、300万人以上もの犠牲者を出した、悲惨な先の大戦に関する記憶の風化が心配されている。いっぽう、世界を見わたせばウクライナやガザなど、未だ戦火は絶えず、さらに海洋覇権奪取を目論む中国、核ミサイルの実戦配備を急ぐ北朝鮮など、我が国を取り巻く状況も大きく変化してきている。
79回目の終戦の日を前に、「あの戦争とはなんだったのか?」「あの戦争で日本人は変わったのか?」などを考えるための1冊を、『週刊ポスト』書評委員に推挙してもらった。
【書評】『人間機雷 「伏龍」特攻隊』/瀬口晴義・著/講談社(2005年6月刊)
【評者】森永卓郎(経済アナリスト)
個人的な話で申し訳ないが、私の父は特攻隊員だった。海軍予備学生として召集され、5人乗りの蛟龍(こうりゅう)という潜水艦型の人間魚雷に乗り込んだ。敵艦に向かって魚雷を撃つが、最後かつ最大の魚雷は潜水艦自身だ。
出撃日も決まっていて、あと2週間終戦が遅れたら、私はこの世に存在しなかった。その父が口にしたのは、「蛟龍はまだ人道的だ。艦内からハッチを開けられる。回天は、外からハッチを閉めたら最後、中からは開けられないんだ」というセリフだった。しかし、回天よりもっと非人道的な人間魚雷が存在した。それが伏龍だ。
戦争末期で物資が不足するなか、既存のゴム服と潜水兜を被り、海岸線に潜る。携行する棒の先には機雷がついていて、ひたすら上陸してくる敵の舟艇を待つ。そして、上陸阻止のために特攻するというコンセプトだった。
しかし、短期間で開発し、資材も十分ではなかったこと、そして何より軍上層部のあまりに場当たり的かつ杜撰な計画のせいで、呼気に含まれる二酸化炭素の浄化が上手く行かず、戦果はまったく得られなかった。それどころか、潜水訓練中に事故が頻発して、多くの特攻隊員が命を落としたのだ。
本書が語りかけてくるのは、戦争で追い詰められた権力は、ここまで非人道的になれるのだということと、その犠牲になるのは権力を持たない人たちだということだ。実際、特攻隊員の大部分は伏龍を含めて職業軍人ではなく、素人の若者だった。
米中対立の激化やロシアと北朝鮮の暴走など、いま日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなっているのは事実だ。そうしたなかで、威勢のよい主戦論を唱える若者が増えてきている。だから、私はこの本を中高年はもちろんだが、もっと若者たちに読んで欲しい。そうすれば、戦争を回避し、一日でも早い終結を望む人たちを、平和ボケと鼻で笑うことなどできなくなるはずだからだ。
※週刊ポスト2024年8月16・23日号