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谷川浩司・十七世名人が語り尽くす「羽生善治と藤井聡太」 2人の天才はなぜ“相手の得意戦法”を避けないのか

羽生善治(右)と藤井聡太は何が共通して何が違うか(写真/共同通信社)

羽生善治(右)と藤井聡太は何が共通して何が違うか(写真/共同通信社)

 羽生善治と藤井聡太──時代を隔てた2人の天才棋士の共通点と違いは何か。それを語れるのは、羽生のライバルであり、藤井の“憧れの棋士”だった谷川浩司十七世名人をおいてほかにはいまい。『いまだ成らず 羽生善治の譜』著者の鈴木忠平氏(ノンフィクションライター)が、谷川に「羽生と藤井論」を聞いた。

 * * *
 藤井が八冠制覇を達成したのが昨年10月だった。1996年の羽生七冠以来となるタイトル独占だったが、羽生の時と同様に独占状態は1年経たずに終わりを告げる。今年6月、叡王戦に敗れて失冠したのだ。相手は同い年の七段、伊藤匠だった。

「叡王戦での藤井さんは終盤戦になってAIの数値が10ぐらい下がる手をいくつか指しました。とても珍しいことです。ただ、今は(AIによる)数字で出るのでその手がミスだとわかりますが、平成の時代だったらほとんどの人は気づかないくらいのミスで、はっきり悪いという手を指したわけではなかった。伊藤さんの終盤力が藤井さんに匹敵するものだったということではないでしょうか」(谷川浩司十七世名人・以下同)

 伊藤は藤井の八冠達成と前後して台頭し、頻繁にタイトル戦に顔を出すようになった。

「とくに、AIを使っての研究が最も進んでいる戦型『角換わり腰掛け銀』で藤井さんと戦えることが伊藤さんの力を証明していると思います。この形はもう終盤の入口ぐらいまで全ての変化を網羅していないと指せないところまできています。それが理解できているのは藤井さんと永瀬(拓矢)さんと伊藤さんの3人で、他の人は少し遅れてる。

 序盤戦術というのは平成に入る前頃から整備されるようになりましたが、その頃はトップ棋士がタイトル戦で2日間かけて指して、それを他の棋士が研究した結果、1手ずつ解明されていく程度でした。それが令和に入るとAIソフトがありますので、トップ棋士が対局することなく、1人で自宅で10手も20手も進めることができる。進み方が昔とは全く違います。角換わり腰掛け銀だけ研究すればいいわけではないですし、一方で最新型というのは一旦外れると遅れをなかなか取り戻せない部分もある。今のトップ棋士はとてつもない努力をしていると想像します」

 伊藤は藤井という巨大な才能を追いかけて力を伸ばしてきた。1996年当時も羽生の七冠が3歳下の三浦弘行によって崩された後、羽生世代を中心に若手棋士が台頭した。全冠制覇者の出現は棋士たちにとって屈辱だが、同時に刺激となり、棋界全体のレベルが引き上げられていくという。

「圧倒的に強い棋士が出てくれば、他の棋士は対抗するために技術・戦術はもちろん、精神的にも試行錯誤するので、将棋界全体のレベルが上がるということは昔も今も同じです。今回、あらためて羽生さんと(1996年の棋聖戦で羽生の七冠を崩した)三浦さんの対局を見直してみたのですが、三浦さん、良い将棋を指しているなと思いました。やはり踏み込みの良さですよね。例えば、読み通りに相手が指してきた場合、普通ならしめしめと思いますが、相手が羽生さんや藤井さんだと、ひょっとして自分が何か間違えてるんじゃないかと疑心暗鬼になってしまう。自分の読みを信じることができなくなり、そうなると対局では絶対に勝てないんです。

 叡王戦の伊藤さんも第二局で1勝したのが大きかったと思います。それまで藤井さん相手に11連敗していましたが、あの1勝で『自分が今までやってきたことが間違ってなかったんだ』と読みに自信を持てるようになったのではないでしょうか。逆に藤井さんの立場で言えば、第一人者が辛いのは一番良い時を基準に考えられてしまうことなんです。羽生さんは七冠から1年ぐらいして四冠になったんですけど、『不調』と書かれるわけです。でも全タイトルの半分以上を持っているのですから決して不調ではない。もっとも、藤井さんは棋士になった時からそうであるように、タイトル戦の結果よりも盤上の追究のほうに集中しているかもしれませんが」

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