【書評】『あらゆることは今起こる』/柴崎友香・著/医学書院/2200円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
幼いころ「人と違う」ために周囲を困らせていた、というのが偉人伝の定番だが、そんなシリーズ本を小中学校の図書館にならべるのは、画一性との「バランスを取るため」なのか──。こう「笑い」をはさむ著者が、大人のADHD(注意欠如多動症)の診断をうけてみたのは2021年秋のことだった。結果は「自己評価と違っていた部分」が少なからずあって、「実感は想像していたのとかなり違った」。
ひとつは、症状には一様でないグレーゾーンがあるということ。多動性の、どの要素がどれだけ多いか(もしくは少ないか)は、ゼロと百のあいだの割合ではなく、等高線で描かれた「山の地図」のように入り組んでいる。「ADHDと呼ばれる脳の特性」は「表れ方も、困っていることも困っていないことも、すごく多様」なのだ。
もうひとつは、「できない」の発生原因。著者の場合、多動は「頭の中で起きている」という。視覚、聴覚、触覚、あらゆるものが「高解像度無選別の大量データ」となって頭の中に流れ込み、カフェにはいったらメニューは全部読んでしまう。周囲の話し声、BGM、コーヒーマシンの音、どれもが濃淡なく押し寄せ、「いちいち感想が湧き出てくる」。
遅刻も多く、時刻を意識すればするほど時間がずれてしまい、会話では「話が飛ぶ」。一方で、気になることには「過集中」するため、「言葉の正確性にこだわる」特性を生かし、自身の「内側で何が起こっているか」を綴ることにした。
「私の場合は『現在』『過去』『未来』が同じ強度で並んでいる感じ、というか、たぶんそもそもそんなにくっきり分かれていないというか、互いに干渉しあいつつ並存している感じだろうか」
著者の小説の独特な空気は、「あるできごとをめぐる複数からの視点」が、リアリティーを吹き込んでいることだ。少しでも常識から外れれば「迷惑」とラベリングしたがる実社会の息苦しさが、「生きづらい」を生み出す病理なのだろう。
※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号