高校野球界から、またひとり、名将が勇退した。県立岐阜商業の鍛治舎巧監督(73)だ。NHK解説者時代は温厚な印象を持たれたが、熊本・秀岳館を率いて3季連続で甲子園ベスト4に進出した2016~2017年頃は、サイン盗み問題が勃発したり、伝統校に有利な判定をする熊本の球審を批判したり、物議を醸す言動が続き、“嫌われる監督”として名を馳せた。が、建前しか口にしない監督よりよほど、好漢に映った。
2018年からは母校・県岐商を率いて春夏3度の甲子園に導いた。就任当初より、学校創立120周年にして野球部の創部100年となる今年を監督引退の目処としていたものの、「それを公にしちゃうと選手が集まらない」と笑っていたことを思い出す。勇退を決めていた今夏は岐阜大会決勝でタイブレークの末に岐阜城北に敗れ、聖地で有終の美を飾ることはできなかった。その試合を振り返っても“鍛治舎節”は健在だ。
「枯れ葉が風に舞って粉々になるようでした。120%勝てる自身があった。やっぱり、タイブレークに入ると野球が変わる。負けたのは監督の責任ですが、地方大会、甲子園ともに決勝に限って、タイブレークは必要ないと思います。京都国際と関東一(東東京)の甲子園決勝を見ても、0対0で緊迫した試合なのに、無理やり決着を付ける必要性なんてなかった」
高校野球の監督たるもの、日本高野連には絶対服従だ。その点、鍛治舎監督は高野連の決定にも忌憚のない意見を口にする。勇退会見の前に訪ねた県岐商の監督室で、噂される「7回制導入」「ドーム球場への移行」について持論を語った。
「7回制を考える前に、やることがある。試合時間の短縮を目的とするなら、コールド制を導入すればいい。ただ、7回7点差だと高校生がかわいそうだから、10点差に。投手の負担を減らしたいのなら、球数制限よりもベンチ入りできる選手枠を現在の20人から25人にしたり、DH制を導入すればいい。ドームへの移行なんてもってのほか。(100周年を迎えた)甲子園だから意味があるんです」
現状、夏の甲子園では5回終了時に10分間のクーリングタイムが設けられ、熱中症により足が痙った選手の治療にも十分に時間が割かれている。そもそも、試合時間に関しては、低反発バットの導入によってロースコアの試合が増え、2時間を切るような試合も珍しくない。大会日程に関しても、雨による順延などがない限り、大会終盤に3日間の休養日が設けられており、投手の3連投や4連投はまず起こり得ないスケジュールだ。
十分に高校球児の体調に配慮した状況に加え、今大会からは最初の3日間だけ2部制が試された。
「2部制も意味がないと思います。サッカーなどと比べても、高校球児の体調管理に関してはもう十分に配慮されている。スポーツ庁や世論をこれ以上、気にする必要はない」
高校野球界に対する惜別のメッセージだった。今後に関しては「未定」だというが、秀岳館就任前に率いていた枚方ボーイズへの帰還が既定路線だ。
取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)
※週刊ポスト2024年9月20・27日号