秋は学園祭の季節。キャンパスがアツかった1980年代から1990年代、大学の学園祭を盛り上げたのが女性芸能人だ。医師・作家の和田秀樹氏は東京大学在学時、アイドルイベントを手掛けた経験の持ち主。和田氏が当時を振り返る。
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私が東京大学医学部に入学した1979年は、「東大生のアイドル」として山口百恵さんが売り出されていました。ところが翌80年に百恵さんが引退を表明すると、学生の間で「次はどのアイドルを応援するか」という話題で持ちきりになりました。侃々諤々話した末に、芸能事務所のタレントでなく自分たちで発掘しようということに行きつきアイドルプロデュース研究会を立ち上げました。
主催した第1回「東大生が選ぶアイドルコンテスト」は約1000人の応募がありました。受賞者は音大生で歌のうまい人でしたが、残念ながらまったく売れませんでした。第2回は思い切りアイドルっぽい子にしようと考えて、選ばれたのが当時中学生だった武田久美子さんでした。
彼女を売り出すために第1回と違って実にたくさんの企画を考えました。夏目漱石の小説にちなんだ本郷キャンパスの「三四郎池」に対抗して「久美子池」を駒場に作るとか、武田さんに東大で授業をやってもらうとか(笑)。
しかし、近藤真彦さん主演映画『ハイティーン・ブギ』のヒロインに抜擢されて、すべて白紙になってしまいました。とはいえ知恵を絞っただけあって、ただの美人コンテストとは違う「本当に女優になれる」登竜門として認知されました。
本来のプロデュースと違うかもしれませんが、学生が知恵を寄せ合えば、芸能事務所に頼らずとも面白いことをやれるという東大生の情熱が、その後の全国の学園祭の隆盛に先鞭をつけたと自負しています。アイドルであれ、音楽であれ、大人に押し付けられるのではなく自ら文化を生み出すという“気概”が、私たち当時の若者の根底にあったということに他なりません。
【プロフィール】
和田秀樹(わだ・ひでき)/1960年生まれ、大阪府出身。1985年に東京大学医学部を卒業。現在は川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長、立命館大学生命科学部特任教授。『受験は要領』(PHP文庫)、『ぼけの壁』(幻冬舎新書)など、著書は900冊を超える。
※週刊ポスト2024年9月20・27日号