【書評】『あめりかむら』/石田千・著/新潮文庫/605円
【評者】嵐山光三郎(作家)
石田さんはひらがなを使った平安朝風現代語で、つぶやくように書く。みやびでやわらかいひとりぼっちの物語をつかみだす。それは痛々しいほど透明でポキリと折れそうだから、読んでいて、はらはらドキドキする。
表題作『あめりかむら』は「冬の雷が破れ、窓に響く。すぐとなりで低くうなっているのは、冷蔵庫。」と始まる。病の再発に怯える主人公の道子が思い出すのは、好きでもなんでもなかった戸田君のことである。そりがあわず、会うたび桃の産毛を逆撫でされる摩擦が起きる。その戸田君が自殺した。道子はあてもなく大阪へ行く。さてなにが起こるか。
中編『あめりかむら』ほか『クリ』『カーネーション』『夏の温室』『大踏切書店のこと』の五編が、新潮文庫に再録された。
『大踏切書店のこと』(2001年)は古本小説大賞を受賞したデビュー作(審査は坪内祐三)だ。
下町の仲町に住んでいた千さんが百三十円で買ったとうふをビニール袋に入れて大踏切を渡った。ふたつ渡る踏切で私鉄とJRが通っているから時間がかかる。渡り終わったところに、紺色ののれんのちいさい飲み屋があった。
カウンターでは、とてもちいさいばあさんがコップ酒を飲んでいる。右の壁には、古い書棚が黒く光っている。本の手前にりんご箱がひっくり返して置いてあり、黒い木彫りの四角い置物。見ると古書大踏切書店とあり、つっ立ったまま本を見た。
……とうふ、水が切れちゃうよ。いま食べたいんなら出したげる。
古本の題名をあいうえお順に並べてある。一番うえの棚には『荒畑寒村全集』のとなりに『アルプスの少女ハイジ』。ハイジの食事は山羊のミルクにパンとチーズ。ハイジの食事を見ながら、とうふを半分食べた。
この不思議な店のテンマツは涙ぼろぼろ。物語のディテイルに細密な人情と別れがあり、読みながら泣きましたよ。買ったばかりの文庫本202ページに枯れ葉の匂いの風が吹いた。
※週刊ポスト2024年10月4日号