久しぶりの再会に手話で話しかけてくれた彼
やがて39歳になったとき、再び大きな転機が訪れる。俳優の三浦剛(横浜DeNAベイスターズ監督・三浦大輔の実弟)と結婚。3年後には長女が誕生した。だが結婚にたどり着くまでは紆余曲折があったそうだ。
「おつきあいをしたものの、半年ほどで私から別れを告げました。やっぱり……すごい不安だったんです。聴者と生きていっていいのかとか、1、2年はいいかもしれないけれど、男の人の気持ちなんて変わるんじゃないか、やっぱり聴者と喋りたくなるんじゃないかとか……。私もろう者と手話で話せたほうがいいのでは、とか。ろう者と聴者との結婚は、離婚することが多いんです」
それから6年が経ち、ふたりは再会。忍足が共演経験のある上川隆也の舞台を観に出かけたときだった。彼は上川と同じ事務所に所属していて出演していたのだ。
「久しぶりに会ったとき、手話で話しかけてくれたことが意外でした。あ、手話を忘れてないんだと思って。連絡先を交わしてまた会うようになってからも、『これは手話でどうやるの?』とか、すごく熱心に聞いてくる。しだいに、この人なら大丈夫だと思えたんです。真面目ですし、きっと浮気もしないだろうって(笑い)」
誕生した娘さんは、今12歳になった。母を強力にサポートするひとりであり、応援団でもある。
「娘はきこえるので、後ろから車が来たりすると、さっと手を引いてくれる。『ママを守るために、私が助ける』と言ってくれて。うちでは会話の基本は手話にしているんです。誰も取り残さないというのがルール。なんやかんやとあるけど、すごく賑やかで楽しい家族です」
それでも、赤ん坊の頃の世話は大変だったことだろう。映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』では就寝時に、自分の腕と息子の足を紐で結わえて寝るシーンがあった。
「ええ、昔はそうしていたようです。今もしている人はいるかもしれませんね。私の場合は、泣き声に反応して光が出る機械を買って、その使い方を夫のお母さんが教えてくださって」
実生活において母となったことは、今作の役柄をより深く理解する力となったようだ。
「娘のお陰で、母親の気持ちがわかるようになりましたし、感情が豊かになったように思います。何だか涙もろくもなって」
25年目の、忍足の集大成となる作品といえるほど、滲み出るものがあった。誰も歩めなかった道を、強い意志と努力をもって、ひとつひとつ築き上げてきた。
「ろうの世界、手話の世界を発信していく、知ってもらうために伝えていく。そのために自分は生まれてきたのかな、と今では思います。映像の世界を通して、ある意味、開拓をしていくというのか。そんな使命感を確かに感じています」
そして、と美しい瞳により輝きが宿った。
「生涯、女優として生きていきたい。そのための努力は惜しまない、そう思っています」
(了。前編を読む)
【プロフィール】
忍足亜希子(おしだり・あきこ)/1970年、北海道生まれ。1999年、映画デビュー。第54回毎日映画コンクール「スポニチグランプリ新人賞」、第16回山路ふみ子映画賞「山路ふみ子福祉賞」受賞。近作に映画『僕が君の耳になる』『親子劇場』、ドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』(NHK)ほか。講演会、手話教室開催など、多岐にわたり活躍中。本作は、ロンドン映画祭コンペティション部門、バンクーバー国際映画祭パノラマ部門、上海国際映画祭コンペティション部門に出品された。
取材・文/水田静子 撮影/浅野剛
※女性セブン2024年10月10日号