大相撲に“世代交代”の波が押し寄せている。秋場所で優勝した大の里が、新入幕から5場所で大関に昇進。次は横綱を目指す。一方、横綱不在の場所も多いなか大関を長く務めた貴景勝が引退を表明。新星が台頭し、愛弟子が現役を退く──“平成の大横綱”貴乃花光司氏は、そんな令和の大相撲をどう見ているのか。自身の「横綱論」を余すことなく語った。【全3回の第1回】
怖いもの知らずは続かない
うん、うん、とうなずきながら、食い入るように映像を見つめるのは、第65代横綱・貴乃花光司氏(52)。画面に映るのは、秋場所12日目の大の里(24)と若隆景(29)の一番だ。
大の里が鋭い出足で土俵際まで追い込むも、若隆景にもろ差しを許して反撃され、最後は土俵際で体を入れ替えられた。勝ちっぱなしだった大の里が黒星を喫した一番を見終えると、貴乃花氏は「そういうことですね」とうなずいてこう続けた。
「(敗れた一番だが)大の里のいいところは、とにかく前に出るんですよ。それも下から挟みつけるように。師匠から教わっているんでしょう。稀勢の里(元横綱、現・二所ノ関親方)のいちばんいい時の相撲がそうでしたから。師匠の教え通り、悪い体勢になっても相手を振り払おうと、勢いだけで前に出る。怖いもの知らずの相撲ですね」
秋場所を13勝2敗で制し、大関昇進を決めた大の里。初土俵から所要9場所での昇進は昭和以降の最速記録となった。大の里をはじめとする若手の台頭で、令和の角界は確実に世代交代に動き出した。
数々の名勝負で幕内最高優勝22回を誇り、空前の相撲ブームを生み出した“平成の大横綱”の目には、どう映るのか。これから大の里が目指す「横綱」にはどのような重みがあるのか。
「横綱というのは、儒教で言う五常(仁、義、礼、智、信)の精神であるとか、朱子学とか、そういった日本の神事の頂点にあたると言いますか……その地位は肩書きや職柄ではなく、一度なると細胞にまでその精神が組み込まれ、それを後世に残していかなければならない。そういうものが横綱なのかなと思いますね。
大関と比べても、求められる辛抱強さが20倍も30倍も違う。大関まではイケイケの相撲が取れますが、横綱は“受けて立つ”かたちで相手十分で向かって来られても負けられない。そんな極意を追究しながら、勝率が8割ないと引退を考えないといけない。北の湖さんは“横綱は最低でも12勝すべき”との考えでしたが、まさに勝率8割です」