11月3日にデビュー25周年を迎える嵐。まさに国民的アイドルグループそのものである大野智(43才)、櫻井翔(42才)、相葉雅紀(41才)、二宮和也(41才)、松本潤(41才)の5人は、いかにして多くの人から愛される存在になったのか。25周年直前に関係者が明かす「Super Boy」たちの素顔と軌跡から、「嵐」という社会現象を読み解く──。1999年11月にデビュー曲『A・RA・SHI』はで華々しくデビューするも、その後はCDの売上も下がり、レコード会社を移籍するなど、低迷期と言われている。そこから、嵐はどうやって勢いを取り戻していったのか。関係者の証言で成長の軌跡をたどる。【全3回の第2回。第1回を読む】
転機は2005年10月に始まったドラマ『花より男子』(TBS系)だった。松本が主役の1人である、大財閥の御曹司・道明寺司を演じたドラマは平均視聴率19.8%を叩き出し、松本が急ブレーク。2019年1月24日に放送された『櫻井・有吉THE夜会』(TBS系)で櫻井はこう発言している。
「嵐の転機は明確にありました。松潤が『花より男子』に出たときです」
勢いはほかのメンバーに波及する。2006年、二宮がクリント・イーストウッド監督による映画『硫黄島からの手紙』でハリウッドデビューを飾り、櫻井は報道番組『NEWS ZERO』(日本テレビ系)のキャスターに就任。この年は嵐として初のアジアツアーも台湾、韓国で開催した。
さらに2007年2月、ドラマ『花より男子2(リターンズ)』の主題歌『Love so sweet』が『A・RA・SHI』以来の大ヒットに。同曲のB面で、ファンに愛される名曲『いつまでも』を作曲したシンガーソングライターの多田慎也さんは当時、嵐の「ブレーク前夜」を間近で経験し、嵐の持つ音楽性を確信していた。
「ちょうど嵐がスターダムにのし上がる頃で、作曲家界隈では“次に来るのは嵐に違いない”といわれていました。あの時代、アイドルの歌はプロモーションの道具になることが多かったですが、嵐はミュージシャンという印象が強かった」(多田さん)
その後も数々の楽曲を提供した多田さんは、5人をこう評価する。
「嵐は当時から“うたごころ”が素晴らしく、歌に込める気持ちや表情、目線が通常のアイドルと一線を画していました。作り手の“嵐ならこんなパフォーマンスをするんだろうな”という想像を必ず上回るので、曲を作っていて楽しかったです」