JR信濃町駅から四谷三丁目に向い7~8分、大通りを少し入った住宅街に店を構える『大越酒店』。千葉市にある老舗の酒店が、都内に開いた店舗を改装し、中で飲めるようにして5年目になる。改装のきっかけは「コロナ禍で営業規制がかかるなどし、先行きを一度考えてみたこと」と店主の大越純子さんは話す。
「ちょうどその時期、”25年選手”だったウォークインの大型冷蔵庫が壊れました。そんな変わり目に夫(勝蔵さん)と話していて出たアイディアが、『角打ちができる店』への改装でした。思い切って、冷蔵庫を買い換える資金をそっちに使ってみようという話になったんです」と当時を振り返る。
2階で飲食店を営む勝蔵さんとふたりで何軒もの角打ちを視察に行き、どんな店にしたいかを考えたという。
純子さんがワンオペで営業できて、そして何より、「角打ちをしてみたい人が気軽に来られる店にしたい」(店主)。そこに主眼を置いて店作りを始めた。
そうして、できあがった店のルールは、「角打ちするときは必ずおつまみを一品頼むこと」、「基本、コップは提供しないこと(有料で氷入りのコップは出す)」、「客同士で飲み物のシェアはしないこと」だ。
改装中も、店の半分を開けて酒販の営業を続けながら、少しずつ工事箇所をずらして店内のモデルチェンジを果たした。
まだコロナ禍で外出が制限されていた2020年8月に角打ちができる店としてスタートすると、純子さんの温かい雰囲気に引き寄せられて、少しずつ客がやって来るようになった。
「当時は、家ごもりに退屈していた人や、リモートワーク中の人が寄ってくれました」(店主)
今では、仕事終わりや近隣の人たちなどで連日賑わう店になった。店の近くにあるギャラリーでたびたび個展をやるという漫画家がSNSで紹介したことや、隣町の荒木町あたりで一杯やる人たちが口コミで誘いあったりして、客の輪が広がっていったという。
「女性のお一人客も多いですよ。角打ちは男性だけの聖地ではありませんよね」と店主。
この夜も「酒屋での立ち飲みは私にはハードルが高かった。でもここなら大丈夫」(30代、IT系OL)、「純子さんがいるから来やすい。もうこの街から引っ越したくない」(30代、写真家)、「たまたま通りを入って見つけたこの店だけど、いまや週一で来るオアシス。純子さんは信濃町の女神です」(40代、アパレル系)と口々に語る笑顔の女性客が多く、皆、店主・純子さんの人柄に惹かれているようだ。
よく冷えた酒が冷蔵ケースに並び、勝蔵さんが作る本格つまみは「おいしくてついつい食べ過ぎちゃう。気をつけないと”角打ち太り”するほどです」(20代、飲食系)と大好評。「いちばん奥が定位置」の常連(自営業、60代)は、「ここは、冬の茶碗蒸しが絶品ですよ。運がよければ出会えます」と教えてくれた。
常連の一人、修行時代に千葉の本店で長らく働いていた経歴がある現役の芸人「にほんしゅ」の北井一彰さんは、「舞台ではお酒のネタも多くやっています。角打ちのいいところは、居酒屋と違って、『ともかくお酒を飲もうよ』と人々が集まるところ。皆の心がひとつで、リズムがいいんです。お客さん同士のリズムがピターっと合ってくるときがあるんですよ」と話す。
今宵も会話がとぎれず、賑やかに盛り上がる店内。レジでその様子を見守る店主は、「『大越に行くと落ち着けるよね』がいちばんの褒め言葉です」と穏やかに微笑む。
角打ちを始めるきっかけはコロナ禍だったが、結果的に今のスタイルはとてもうまくいっているという。
「みなさん、真っ直ぐ家には帰りたくなくて、どこかでワンバウンドしたいときがあるのだと思います。家に着く前にここに寄ると、お客さん同士が、まずは『おつかれさま』と声を掛け合っています。街の酒屋がそんな役割を果たせたらいいなと思います。まずは地元の冷蔵庫でありたいですね」(店主)。
人・酒・料理、三拍子揃った店で人気なのが焼酎ハイボールだ。「うまくて、衝撃を受けました!」(40代、芸人の北井さん)
■大越酒店
【住所】東京都新宿区信濃町2-3
【電話】03-3351-8841
【営業時間】月-金15~21時、土13~20時 日祝定休。
焼酎ハイボール175円、ビールIPA539円、冷やっこ160円、天ぷら180円、鯛のおかしら300円、茹でピーナッツ130円(メニューは日替わり)