誰の真似もしないってことが大事だと思う

 学生時代の友人とのつきあいはほとんどないが、趣味の声楽を通じて無二の親友ができた。

 金沢在住の外科のお医者さんで、2人で「デュオ・ドットラーレ」という男性二重唱ユニットを結成。金沢と東京で交互にコンサートを開催し、歌を披露している。

 長野県の林家の別荘のそばに彼も別荘を買い、歌の練習をしたり、家族ぐるみで食事を楽しんだりしているそうだ。

「不思議ですね。60歳を過ぎてこんなにいい友だちができるなんて。人っていうのはやっぱりご縁ですね。みんなに尊敬され愛されているすばらしいお医者さんなんですが、ちっとも偉ぶったところがなくて、会うと百年の知己のように楽しく話をします」

 そんな友だちができるなんて、趣味というのはいいものだと感じるエピソードだが、「趣味で友だちを作ろうなんて考えないでください」とくぎを刺す。

「そのために趣味を始めるようなことではだめです。あくまで、声楽をやりたい、俳句をやりたいからやる。友だちができるというのは偶然で、結果論ですからね」

 趣味には先生について教わったほうがいいもの、自己流で始めたほうがいいものがあると、自分の経験から説く。リンボウ先生によれば、音楽は基礎をきちんと教わったほうがよいが、書道や絵は、必ずしも教室に行かなくても始めてみればいいという。

「お手本なんて見ないで、描きたい対象にその場で肉薄しなければ、ただ上手にお手本を写したというもの以上にはならないわけです。誰かの真似をしている限りは、一回り小粒な誰かになる程度で、誰の真似もしないっていうことが大事だと思いますね」

 意外なのは俳句だ。教室や結社に参加する人が多いが、リンボウ先生は最低限のルールだけ覚えて、いきなり自分で始めることを勧める。何か学ぶとすれば、芭蕉をはじめとする「古人」の作品を読むのがよいそう。

 14年ほど続く、主宰の夕星俳座という句会でも、「俳句は誰かに教わるものではない」と話している。句会の司会はするが、選句では主宰も一参加者としてのぞむ。ちなみに句会のあとで食事をしたり酒を飲んだりすることは一切せず、俳句について存分に話し合ったらその場で解散するらしい。

 同人から集まった句を編集するのも、リンボウ先生みずからパソコンを駆使して、簡易出版で合同句集も出している。

 能楽や声楽、絵など、いろんな趣味が仕事と結びついてきた。ちなみに今回の本の装画もみずから手がけている。

 趣味は仕事と分かちがたく結びつき、ほとんど人生そのものと言えそうだ。

【プロフィール】
林望(はやし・のぞむ)/1949年東京生まれ。作家・国文学者。慶應義塾大学文学部卒、同大学院博士課程満期退学(国文学専攻)。東横学園短大助教授、ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。エッセイ『イギリスはおいしい』で1991年日本エッセイスト・クラブ賞を受賞し、作家デビュー。『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(P・コーニツキと共著)で1992年国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』で1993年講談社エッセイ賞を受賞。学術論文、エッセイ、小説のほか、歌曲の詩作、能作・能評論、自動車、古典文学等著書多数。『謹訳 源氏物語』全10巻で2013年毎日出版文化賞特別賞受賞。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年12月12日号

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