光州に生まれ、韓国を代表するエリート校として知られる延世大学を卒業した韓江氏は、小説家の父(韓勝源)を持つ「二世作家」である。これまで、政府による民衆弾圧事件として知られる「済州事件」(1948年)や「光州事件」(1980年)を描いてきた。
韓江氏自身は10月10日の受賞決定以来、殺到するメディアの取材をほとんど受けず、正式な記者会見をしていなかった。その理由について、韓江氏は「世界各地で戦争、紛争が繰り広げられているなか、純粋に受賞を喜ぶ気持ちにはなれない」と語っていた。
彼女の正式なコメントが発表されたのは今回の戒厳令から3日後、12月6日のことである。ノルウェー・ストックホルムでのノーベル賞授賞式(12月10日)を控えた韓江氏は、「1980年当時の戒厳令の状況を研究するために多くの時間を費やした。2024年に同じような状況が目の前で、リアルタイムで展開されるのを目の当たりにし、驚いた」と語った。
韓国国内でもっとも人気の高い韓江氏の作品は『少年が来る』だ。光州事件に巻き込まれた市民が主人公で、国家による暴力が描かれる。この作品には、彼女が作家を志した「原点」がある。
「私が13歳のときに見た写真が、人間に対する根源的な問いかけを自らにするきっかかけになった」
韓江氏はそう語っている。父から見せられたその「写真」とは、1980年の光州事件の惨状だった。遺体が投げ出された道で、負傷者のための献血に並ぶ人々の姿──あれから44年の時を経たいま、表現者としての韓江氏の「問いかけ」はいま、世界に伝わろうとしている。
◆申光秀(ジャーナリスト ソウル外信記者クラブ)