ライフ

【井上章一氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】『論理的思考とは何か』アメリカ流の作文教育をはねつけた日本の教育界

『論理的思考とは何か』/渡邉雅子・著

『論理的思考とは何か』/渡邉雅子・著

【書評】『論理的思考とは何か』/渡邉雅子・著/岩波新書/1012円
【評者】井上章一(国際日本文化研究センター所長)

 アメリカの大学へ留学した日本の学生は、しばしばレポートの作成になやまされてきた。提出した小論文が、まったく評価されないことが多いらしい。「採点不能」という判定結果も、しばしばつきつけられるのだという。

 西洋とちがって、日本では論理的に物事を考える習慣が根づいていない。教育が暗記にかたよりすぎている。以上のような理由を思いつかれる人も、なかにはおられよう。しかし、そのせいではない。同じ西洋の、たとえばフランスの学生も、アメリカでの小論文執筆は苦手であるという。

 どこの国でも、学生は論理的な思考になじむよう、きたえられている。ただ、何をもって理にかなうとみなすかの基準は、文化圏によってことなる。ある地域では理詰めと判断される考えが、べつのところでは非論理的だときめつけられる。日本人学生のレポートが、アメリカの教師から低く評価されやすいのも、そのためだ。

 著者は、アメリカ、フランス、イラン、日本で作文教育の実情を調査した。それぞれの国々で、どのような文章指導がなされているのかをあらいだす。また、たがいの違いもうかびあがらせた。

 のみならず、その差違が学生のレポートにも投影されていることを、つきとめる。日本人学生が、本質的に非論理的なのではない。日本で理屈の筋がとおるようにしつけられた者は、アメリカ流の理路になじみづらくなる。ただ、それだけのことだと著者は言う。

 敗戦後の日本に、占領軍はアメリカの作文教育をもちこんだ。だが、けっきょくなじまない。日本の教育界は、これをはねつけた。日本流の理路を堅持しようとするこの文化力には、よほど強い何かがあるようだ。

 レポートだけにかぎらない。国際的な討議の場でも、たがいの理詰めをわきまえておくことは役にたつ。この本では、米、仏、日、イランの4類型にわたる理路が紹介されている。そして、それらをマスターすれば、こわいものはない。ビジネスにも、おすすめ。

※週刊ポスト2025年1月3・10日号

関連記事

トピックス

“令和の小泉劇場”が始まった
小泉進次郎農相、父・純一郎氏の郵政民営化を彷彿とさせる手腕 農水族や農協という抵抗勢力と対立しながら国民にアピール、石破内閣のコメ無策を批判していた野党を蚊帳の外に
週刊ポスト
緻密な計画で爆弾を郵送、
《結婚から5日後の惨劇》元校長が“結婚祝い”に爆弾を郵送し新郎が死亡 仰天の動機は「校長の座を奪われたことへの恨み」 インドで起きた凶悪事件で判決
NEWSポストセブン
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
「最後のインタビュー」に応じた西内まりや(時事通信)
【独占インタビュー】西内まりや(31)が語った“電撃引退の理由”と“事務所退所の真相”「この仕事をしてきてよかったと、最後に思えました」
NEWSポストセブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬・宮城野親方
【元横綱・白鵬が退職後に目指す世界戦略】「ドラフト会議がない新弟子スカウト」で築いたパイプを活かす構想か 大の里、伯桜鵬、尊富士も出場経験ある「白鵬杯」の行方は
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
「日本人ポップスターとの子供がいる」との報道もあったイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
イーロン・マスク氏に「日本人ポップスターとの子供がいる」報道も相手が公表しない理由 “口止め料”として「巨額の養育費が支払われている」との情報も
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
《会社の暗部が暴露される…》フジテレビが恐れる処分された編成幹部B氏の“暴走” 「法廷での言葉」にも懸念
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
《レーサム創業者が“薬物付け性パーティー”で逮捕》沈黙を破った奥本美穂容疑者が〈今世終了港区BBA〉〈留置所最高〉自虐ネタでインフルエンサー化
NEWSポストセブン