ライフ

【大塚英志氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』転向したマルクス主義体験者に支えられてきた戦後

『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』/県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会・編

『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』/県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会・編

【書評】『生誕100年 安部公房 21世紀文学の基軸』/県立神奈川近代文学館、公益財団法人神奈川文学振興会・編/平凡社/3300円
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 本書は神奈川近代文学館の特別展「安部公房展―21世紀文学の基軸」の公式図録である。

 特別展を見て思い出したのは安部が野間宏の仲介で日本共産党に入党したことだ。その後、除名され、三島由紀夫らと文革批判への抗議声明を出し、『榎本武揚』を転向小説とする議論もあったはずだ。

 安部の共産党員としての活動期間は一年程度だが重要なのはその構想力の質とマルクス主義の関係だ。僕は以前、某所でセゾングループをかつて率いた堤清二の想像力とマルクス主義体験について話したことがある。堤が未来を見透かす経営者であり得たのはマルクス主義が未来を社会科学的に構想する方法論だからだ。

 安部公房が「SF」という方法論に自覚的であったことは今回の展示でも確認できたが、それは社会科学的構想力というべき側面を確実に持つ。特別展では安部の愛用したワープロやシンセサイザーが展示されその先見性が強調もされるがオンライン社会にも届きうる「SF」的構想力の出自はマルクス主義にあり、それは文学と社会科学が切断されたこの国の文学が失って久しいものだ。今や「SF」は百田尚樹が暴言を吐くための方便以上の意味を持ち得ていない。

 だがその構想力の及んだ領域は文学に限らない。堤清二がそうであったように戦後の日本社会のある部分は確実に転向したマルクス主義体験者に支えられてきた。堤を共産党に誘った日本テレビの氏家齊一郎や安部の処女作の刊行元・真善美社の経営に関与した徳間康快も共産党歴があるが彼らはスタジオジブリのパトロンであった。

 日本共産党は党勢の衰退に直面するがその理由はもはや共産党からの転向者・除名者が文学や社会を牽引する力がとうにないことに見てとるべきだ。それは彼らの構想力の疲弊である。社会の衰退は文学の構想力の衰退とパラレルだ。共産党の未来はどうでもいいが文学と社会科学はもう一度出会い直すべきだ。

※週刊ポスト2025年1月3・10日号

関連記事

トピックス

来る3月、大谷翔平が日本に凱旋
大谷翔平、日テレが生中継する開幕前の壮行試合に“出場拒否”の可能性 依然として尾を引く「新居報道騒動」
女性セブン
けがの前と変わらない立ち姿を披露された美智子さま(2025年1月2日、東京・千代田区。撮影/JMPA)
美智子さま「杖をつかずに一般参賀に参加」の目標を見事に実現 宮内庁病院は看護師2名の追加採用を決定、“快復のカギ”となるか
女性セブン
450日以上にわたって拘束され続けているリリー・アルバグさん(イスラエル大使館の公式Xより)
《停戦合意を前に19歳女性の人質動画を公開》ハマスが450日にわたり拉致・監禁「性奴隷」と呼ばれ…深刻な肉体的苦痛の実態「もう私たちが知っている彼女ではない…」
NEWSポストセブン
女性との間に重大トラブルを起こしていたことが判明した中居正広
「田原俊彦、植草克秀を収録済み」中居正広『だれかtoなかい』が早期打ち切り危機…空白埋める「毒舌フリーアナ」
NEWSポストセブン
秋篠宮ご一家の動向が注目されている(写真提供/宮内庁)
【原武史氏×河西秀哉氏が見通す2025年の皇室】悠仁さま、愛子さま、佳子さまに重大岐路 皇室改革がなければ「秋篠宮家」一家丸ごと皇籍離脱の可能性も
週刊ポスト
中居正広の女性トラブルに全く触れないテレビ局 
中居正広の深刻トラブルに全く触れないテレビ局 ジャニー氏性加害問題で反省したはずなのに…騒動が風化するのをじっと待つ“不誠実”
女性セブン
2024年12月13日の事始め式では青いストールを巻いて現れた
《六代目山口組・司組長のファッションに注目集まる》原点は「チョイワル」コーディネート、海外高級ブランドを外商で取り寄せ、サングラスは複数用意して全身グッチ
NEWSポストセブン
新年一般参賀では、午前と午後合わせて5回、宮殿のベランダに立たれた(2025年1月、東京・千代田区。撮影/黒石あみ)
一筋縄ではいかない愛子さまの結婚問題 お相手候補に旧宮家の男系男子を推す声がある一方、天皇陛下が望まれるのは“自然に惹かれ合った形で”
女性セブン
乗客乗員181人のうち179人が死亡するという韓国の旅客機事故で最大の被害となった
韓国機事故で179名が死亡、2人の生存者が座っていた“生還しやすい座席” 相対的には「前方より後方」「窓側より通路側」「非常口付近」
女性セブン
現在
《3児の母親となった小森純》「社会に触れていたい」専業主婦から経営者を選んだ意外な理由、タレント復帰説には「テレビは簡単に出られる世界じゃない」
NEWSポストセブン
サプライズでパフォーマンスを披露した松本(左)と稲葉(「NHK紅白歌合戦」の公式Xより)
B’z紅白初登場「7分54秒の奇跡」が起きるまでの舞台裏 「朝ドラ主題歌以外は好きな曲で」のオファーに“より多くの人が楽しめるように”と2人が選曲
女性セブン
俳優
《第1子男児誕生の仁科克基》「僕は無精子症でした…」明かした男性不妊の苦悩、“心も体も痛い”夫婦で乗り越えた「妊娠18カ月生活」
NEWSポストセブン