2024年の将棋界の一大トピックといえば、大スターの藤井聡太の八冠が崩された事件。今年は藤井七冠が再び八大タイトルを独占するのか、ライバルがそれを拒むのか──。日本推理作家協会将棋同好会共同代表で小説家の葉真中顕氏と、名人戦などの観戦記を寄稿した経験を持ち、新刊『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)が話題の法学者の木村草太・東京都立大教授が棋界のこれからを語った。
振り飛車党の復権なるか
葉真中:実力の拮抗した棋士たちがライバル物語を繰り広げる「群雄割拠の将棋界」が好みの僕が、今年期待するのは永瀬拓矢九段です。藤井さんにタイトル戦で勝つ棋士に求められる条件は「絶対に勝負をあきらめない」という執念でしょう。その意味では「劣勢でも簡単には負けない」という気迫をファンに必ず見せてくれる永瀬さんの将棋は必ず名勝負になりますし、ファンとしてはドラマを期待してしまいます。
木村:私も同意です。藤井さん、永瀬さんをはじめとする現代のトップ棋士たちはみなストイックで、AIを駆使しながら真摯に将棋の勉強に打ち込んでいるという共通点があります。そうでなければ勝てない時代になったということかもしれませんね。
葉真中:「飲む打つ買う」が当たり前だった昭和の棋士たちの豪快な伝説が流布されていた数十年前とはずいぶん変わったという声もあります。もちろん当時の棋士たちも真剣に将棋に打ち込んでいたことは大前提ですが。
木村:プライベートな話題がなかったとしても、棋士の話はいまでも十分、刺激的で面白いですね。先日、中村太地八段が「対局中の30秒は一瞬だが、日常生活の30秒は長く感じることがある」というユニークな話をされていて、棋士の時間感覚について、さまざまなことを考えさせられました。
葉真中:あと今年の将棋界で願っているのは、振り飛車党の将棋ファンとして、振り飛車戦法の復権ですね。
木村:確かに現在の将棋界を見渡すと、振り飛車党の有力棋士はA級棋士の菅井竜也八段など数えるほどで、藤井さんを筆頭にトップ棋士のほとんどが居飛車党ですね。
葉真中:AIによる評価値が低くなりがちな振り飛車は否定されたという説もありますが、僕はまだまだ振り飛車の可能性は残されていると信じています(笑)。
木村:私はベテラン勢の活躍、なかでも旧知の木村一基九段にエールを送ります。将棋界の見どころはタイトル戦だけではありません。叡王戦の予選も勝ち上がっている木村九段に「受けて勝つ」将棋の神髄を見せていただきたいと思いますね。
(前編から読む)
【プロフィール】
葉真中顕(はまなか・あき)/小説家。1976年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部除籍。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、作家デビュー。『絶叫』(光文社)『政治的に正しい警察小説』(小学館)など著書多数。最新著書は『鼓動』(光文社)。
木村草太(きむら・そうた)/法学者。1980年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。現在は東京都立大学大学院法学政治学研究科法学政治学専攻・法学部教授を務める。専攻は憲法学。法曹界きっての愛棋家として知られる。最新著書は『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)。
※週刊ポスト2025年1月17・24日号