ライフ

本谷有希子氏、約10年ぶりの長編小説『セルフィの死』インタビュー「昔は勘違いしても糾されなかっただけで、全て比較できる今は勘違いさえできない」

本谷有希子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

本谷有希子氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 2000年代。劇作家で小説も書き、自らの劇団まで主宰する表現者・本谷有希子の出現は、各ジャンルを越境する1つの事件となった。その後芥川賞作家となり、2児の母ともなった彼女は、最新作『セルフィの死』で自意識や承認欲求の問題と再び向き合うことになる。

「この歳にもなって恥ずかしいんですけど。ただ、私達の頃に比べると、やはり今はSNSの存在が若い子達の自意識に影響を与えていないはずはなく、自分の中で最もコアだった主題を今の自分が書くとどうなるかも含めて、一度原点にかえってみることにしました」

 主人公は〈ミクル〉、またある時は〈勘解由小路〉や〈イオキベ〉や〈大右近〉等、複数の偽名を使い分けている〈私〉。自撮り仲間の〈ソラ〉と〈双子コーデ〉で決め、人気店を訪れては写真をアップする彼女にはフォロワー数こそ命であり、〈私はマウントを取ったり迷惑をかけたりすることでしか他者の存在を確かめることができない〉と、自覚もしているのが切ない。やがて彼女は願う。〈もう二度とSNSができない身体にしてほしい〉と。

 表題は自撮りのこと。

「私がまさにこの中に出てくるようなお店で書き物をしていたら、隣の子が突然自撮りを始めたんですよ。それが明らかに場違いで、不快は不快なんですけど、なぜ撮っちゃいけないのかと訊かれたら、私ちゃんと答えられないなあと思って。

 このうっすら不快で迷惑で、なのに何も言えない感じを言語化したいと思ったのと、もし彼女達にこちらからは想像もつかない、それこそ〈パンケーキと撮影できないと死ぬんです、私達〉というような事情があるのなら、それを彼女達の側から書いてみたいと思ったんですね。

 昔は私も自分の自意識のことで興味が完結していて、自分はなぜこんなに滑稽なのかというのが出発点だった。でも最近はその滑稽な自分や人間を形作る社会の側に興味があるんです。

 今の子は一見スマートだし、自意識もあまり表に出さないけれど、イイねの数とか数値で可視化されるぶん、切実に苦しいんじゃないか。それって昔はなかった苦しみですし、なぜ今の子達がイイねやフォロワーの数を生きてていい資格のように捉えるようになったのか、現代人の自意識の変容についても書いてみました」

 本作は原宿、池袋、新宿、浅草等々、東京都内の人気スポットを訪れた主人公が行く先々で誰かしらと会い、発見もするが傷付きもする、全6話で構成される。

 例えば自分を「ミクルちゃん」と呼ぶソラと乃木坂の人気カフェで会う約束をしていたある日、〈バグった地図〉のせいで道に迷った私は思う。〈Googleマップは常に私を欺き続ける〉〈私がどこにも辿り着かないように陰謀を企て続ける〉……。しかたなく私はそこから最も近い洋菓子店でソラを待つことにし、自分達を排除しようとした〈邪悪なウェイトレス〉に食ってかかるのだ。

〈店員に横柄にすると世界が少しだけモリッとする〉〈しょうもないマウントを取るために、私は今日も私の生を無駄にする〉〈どうして私はあらゆることが全て自分を貶めるための策略、という妄想から逃れることができないのだろう〉

関連記事

トピックス

初めて沖縄を訪問される愛子さま(2025年3月、神奈川・横浜市。撮影/JMPA)
【愛子さま、6月に初めての沖縄訪問】両陛下と宿泊を伴う公務での地方訪問は初 上皇ご夫妻が大事にされた“沖縄へ寄り添う姿勢”を令和に継承 
女性セブン
中村七之助の熱愛が発覚
《結婚願望ナシの中村七之助がゴールイン》ナンバーワン元芸妓との入籍を決断した背景に“実母の終活”
NEWSポストセブン
松永拓也さん、真菜さん、莉子ちゃん。家族3人が笑顔で過ごしていた日々は戻らない。
【七回忌インタビュー】池袋暴走事故遺族・松永拓也さん。「3人で住んでいた部屋を改装し一歩ずつ」事故から6年経った現在地
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で天皇皇后両陛下を出迎えた女優の藤原紀香(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA)
《天皇皇后両陛下を出迎え》藤原紀香、万博での白ワイドパンツ&着物スタイルで見せた「梨園の妻」としての凜とした姿 
NEWSポストセブン
ピーター・ナバロ大統領上級顧問の動向にも注目が集まる(Getty Images)
トランプ関税の理論的支柱・ナバロ上級顧問 「中国は不公正な貿易で世界の製造業を支配、その背後にはウォール街」という“シンプルな陰謀論”で支持を集める
週刊ポスト
“極度の肥満”であるマイケル・タンジ死刑囚のが執行された(米フロリダ州矯正局HPより)
《肥満を理由に死刑執行停止を要求》「骨付き豚肉、ベーコン、アイス…」ついに執行されたマイケル・タンジ死刑囚の“最期の晩餐”と“今際のことば”【米国で進む執行】
NEWSポストセブン
石川県の被災地で「沈金」をご体験された佳子さま(2025年4月、石川県・輪島市。撮影/JMPA)
《インナーの胸元にはフリルで”甘さ”も》佳子さま、色味を抑えたシックなパンツスーツで石川県の被災地で「沈金」をご体験 
NEWSポストセブン
何が彼女を変えてしまったのか(Getty Images)
【広末涼子の歯車を狂わせた“芸能界の欲”】心身ともに疲弊した早大進学騒動、本来の自分ではなかった優等生イメージ、26年連れ添った事務所との別れ…広末ひとりの問題だったのか
週刊ポスト
2023年1月に放送スタートした「ぽかぽか」(オフィシャルサイトより)
フジテレビ『ぽかぽか』人気アイドルの大阪万博ライブが「開催中止」 番組で毎日特集していたのに…“まさか”の事態に現場はショック
NEWSポストセブン
豊昇龍(撮影/JMPA)
師匠・立浪親方が語る横綱・豊昇龍「タトゥー男とどんちゃん騒ぎ」報道の真相 「相手が反社でないことは確認済み」「親しい後援者との二次会で感謝の気持ち示したのだろう」
NEWSポストセブン
「日本国際賞」の授賞式に出席された天皇皇后両陛下 (2025年4月、撮影/JMPA)
《精力的なご公務が続く》皇后雅子さまが見せられた晴れやかな笑顔 お気に入りカラーのブルーのドレスで華やかに
NEWSポストセブン
真美子さんと大谷(AP/アフロ、日刊スポーツ/アフロ)
《大谷翔平が見せる妻への気遣い》妊娠中の真美子さんが「ロングスカート」「ゆったりパンツ」を封印して取り入れた“新ファッション”
NEWSポストセブン