【書評】『観光消滅 観光立国の実像と虚像』/佐滝剛弘・著/中公新書ラクレ/990円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
上高地から飛騨高山を経て、京都をめぐるツアーに参加した米国人に会う機会があった。聞けば、その費用は6日間で130万円。しかし彼の目をとおして見えてきた日本の風景は、じつに新鮮で、近すぎて視えなかった地平に気付かされたものだった。
コロナによる激減をはさみ、外国人旅行者の数は以前の8割、2500万人に戻っている。2007年施行の「観光立国推進基本法」でインバウンド誘致に力をいれてきた政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」で、2030年に6000万人の訪日外国人旅行者を目指すとした。
テレビやネットは、ニッポンに感動する外国人たちをネタに「インバウンドによる経済効果」をことさら喧伝しているが、実態はどうなのか。著者は「観光立国という言葉が持つ威勢の良さとは裏腹の歪み」を掘り下げ、この国の深部でおきている変容を「観光」の視点から分析する。
2019年の観光GDP額は11.2兆円で、これは日本のGDPの2%にすぎない。ペルーやエジプトなど「観光に頼らざるを得ない国」と比べると、取るに足らない数字であろう。その数字にこだわるのは、国の産業力全体が傾いているということである。
じじつインバウンドの主要因は「円安」だが、これは日本人の海外旅行に二の足を踏ませてもいる。2023年の日本人のパスポート保有率は17%にまで落ちた。著者が危惧するのは、旅の受け手であり、また主体でもある日本の生活基盤の弱体化である。
京都は2020年から2年連続で、全国の自治体での「人口の純減数が最大」となった。理由はホテルの乱立による「住宅難」だ。各地でも宿泊料や外食費などが「高騰」し、多くの日本人は国内旅行にも及び腰になっている。さらに交通インフラの人手不足を放置したまま、場当たりの「国策」で観光振興を進めている。
旅は、あらたな価値観を内と外に「発掘」するものだ。「国策のイベント」はいらない。
※週刊ポスト2025年1月31日号