【書評】『ふりかえれば日々良日』佐久間良子/小学館/1870円
【評者】ペリー荻野(コラムニスト)
【本の内容】
佐久間良子さんがこれまでの人生を振り返り、85歳となった今の暮らしを率直に綴った自伝的エッセイ集。本文の文字は大きめで、ユニバーサルデザインフォントを採用しているので高齢のかたにも読みやすくなっている。
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日本を代表する俳優、佐久間良子にとって、はじめての著作となった本作は、ほのぼのとしたタイトルながら、読み始めると「ここまで書いていいの」「そういう理由だったの」と、驚きの連続。ベールに包まれていた「女優・佐久間良子」の謎解きができる一冊だ。
たとえば、謎解きその1は、なぜ、映画界に入ったのか。
育ったのは、「大きな鉄の門から青瓦が輝く二階建ての洋館まで、コンクリートの車道が続いていました」という練馬の広い家だった。屋敷からほとんど外に出ることもなく、飼っていたシェパードと遊んでいた箱入り娘は、ある日、学校の先輩から声をかけられ、映画界へと誘われる。東映の幹部が直々にスカウトにきても、両親は猛反対。しかし、ある出来事から、思い切って飛び込むことに。なのに書類上では「補欠合格」なの!?
ニューフェイスの同期は、室田日出男、山城新伍、花園ひろみ、山口洋子、水木襄と錚々たる顔ぶれ。二期上には高倉健がいた。やがて彼女は、ギャング映画の添え物のような扱いから一歩前に進み、映画「五番町夕霧楼」に主演する。東映を離れてからは、大河ドラマ「おんな太閤記」、舞台「唐人お吉」など、多くの名作に挑むのである。丹波哲郎、三國連太郎、ジョージ・チャキリス、西田敏行……共演者や先輩、監督とのエピソードは、どれもイキイキとして楽しい。
謎解きその2は、なぜ、この男に惹かれたのか。
家庭のある鶴田浩二との恋。そのはじまりと終わりをサラリと書けるのは、自分の恋愛を客観的に見つめる冷静さがあったからだろう。
そして、5つ年上の平幹二朗との結婚と離婚。
結婚前、舞台「ハムレット」の役作りのため渡英した平と、メキシコの映画祭に出席後、空港でトラブルに巻き込まれながら、待ち合わせたウォータールーブリッジの真ん中でやっと会えた場面などは、まるで映画のよう。そんな二人が結婚し、新婚旅行の最中からケンカが続いたのだった。きっかけのひとつが、パリで偶然、見かけたアラン・ドロンだったというのは、びっくりである。
やがて生まれた双子の子育てと仕事の両立は、想像を絶する大変さだった。そのさなかに離婚を決意。心境は静かに綴られるが、歯を食いしばって奮闘してきた彼女の本当の姿が、くっきり現れたような気がする。
その元夫婦が、17年後、息子の岳大とともに舞台「鹿鳴館」で共演することになる。私は「鹿鳴館」の製作発表会見を取材したが、当時は、まだ少し三人に緊張があったように思う。この本の中で、公演の途中、平と大ゲンカになったとあるが、舞台は素晴らしかった。離婚会見で平が語った「人生の共演は失敗したが、芝居での共演相手としては最高だった」という言葉は、本当だった。
謎解きその3は、美しく楽しく日々を送れる理由だ。
日課のウォーキングや日展にも入選した書、仕事仲間とのお酒(強い!)やママ友との麻雀など、趣味は多彩だ。料理好きで食事の話もとても具体的で参考になる。それだけではなく、1998年、信頼していた人に騙され、利用され、大金を失った「二穣会」の騒動も綴られている。
「辛さや悲しみも今思えば私の財産です」と85歳の著者は記す。この境地にはまだまだなれないが、山あり谷ありの話を読みながら、「人生いろいろあるよな」とちょっと気持ちがほわっとなる。「日々良日」のおすそ分けをもらっているんだなと気がついた。
【プロフィール】
ペリー荻野/1962年生まれ。コラムニスト、時代劇研究家。著書に『バトル式歴史偉人伝』『テレビの荒野を歩いた人たち』『脚本家という仕事 ヒットドラマはこうして作られる』など多数。
※女性セブン2025年2月13日号