現職を得るまでに「7つの大学を渡り歩きながら、1つの森に通い続けた」と明るく話しこそすれ、研究を続けるために人知れず苦労したことは、本書には一切書かれていない。
「そんな話は誰も喜ばないでしょうし、〈バッタを捕まえるバイト〉で研究資金を貯めたり、僕自身は楽しいことの方が多かったので」
軽井沢の山荘に3か月泊まり込んだ時は米以外が底を尽き、〈ノーマルごはん〉〈お湯ごはん〉〈水ごはん〉で何とか乗り切るも、頬はげっそり。見かねた知人がキャベツ1玉を差し入れてくれたが、それすらも実験終了のご褒美に取っておき、半分はキャベツ炒め、半分は千切り(味ナシ)で食して異変を来す〈救いと拷問のキャベツ〉と題した章など、笑い処には事欠かない。
そんな難解さとは無縁な1行1行を読み進むうちにも、ふとその行間に流れる時間の長さにギョッとすること度々。観察や発見という行為の途方もなさに、改めて胸を衝かれるが、それもこれも〈井の中の蛙化した人類を救出するため〉。旧来の人間至上主義に対する批判というよりは、自然や他の動物との関係を絶ち、井の中に引きこもる人類の解放や自由のために、彼は行動する科学者なのだ。
「動物言語学と銘打ったのもそのためで、鳥には鳥、人には人の言葉があって、動物vs.人間なんて関係にはないっていう、ごく当たり前のことを言いたいのです。
幸い僕の論文は国内外で認められて、今年の暮れには英・動物行動研究協会で動物学で最も栄誉ある賞をいただくことになりました。受賞講演も行ないます。僕は自分を応援してくれた世界中の人達への恩返しとして本書を書き、ラジオやテレビにも出たりしている。そうやって自分が見つけた自然観を多くの人と共有し、いろんな分野の人と知見を交換し合うことで、僕らが生きるこの世界への理解はより深まっていく。それが研究だと思うんです」
他者を理解するためには、共通点の押し付けではなく、相違点の理解こそ大事だと鈴木氏は言う。鳥は人間のようにではなく、鳥らしく喋っているからこそ、擬人化などする必要がないほど愛おしく、美しいのだ。
【プロフィール】
鈴木俊貴(すずき・としたか)/1983年東京都生まれ。日本学術振興会特別研究員SPD、京都大学白眉センター特定助教等を経て、2023年に東京大学先端科学技術研究センター准教授として「動物言語学分野 鈴木研究室」を立ち上げる。文部科学大臣表彰、日本生態学会宮地賞、日本動物行動学会賞、World OMOSIROI Award等受賞多数。また本年12月には英・動物行動研究協会国際賞をアジア人で初受賞予定。178cm、60kg、A型。「“キャベツの章”当時は51kgでした」
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年2月14・21日号