北方謙三さんが「もっと書け」「どんどん書け」と
第一印象が猛々しくもある天羽カインだが、読みすすめるうちに、ふしぎとその真っすぐな物言いを応援したい気持ちになってくる。小説の中に出てくる「(賞の選考で作品を落とされるのは)我が子を傷つけられた母親のそれと同じ」という表現が胸に落ちる。
「第一章ぐらいまでは『カイン、めんどくせえ』って思って書いてたんですけど、回を追うごとに、彼女が愛しく、かっこよく思えてきて。最後には私自身がカインに憧れるような気持ちになりました」
直木賞の行方だけでなく、文藝春秋の編集者に脅迫メールを送るのは誰なのかというミステリー的要素もある。天羽カインの信頼を勝ち取る、他社の若き女性編集者緒沢千紘とカインとの関係がどうなっていくのかも興味深い。
一冊の本が世に出るまでの内側が見られるお仕事小説でもある。作家と編集者が日ごろどういうやりとりをしているのか、作家がどう原稿を推敲するのか、ふだん見せないところをつぶさに見ることができる。
ちなみに作中で作家が推敲する作中作は、高校時代に村山さんが書いたものだそうだ。
ここまで本音を書くのかと、一般読者だけでなく作家の間でも連載中から話題を呼んでいたそうだ。
「連載している間、同業者に会うとあらゆる場所で、『PRIZE』読んでますとか、あそこまで書いて大丈夫なのかとか、いろんなことを言われました。みなさん身につまされるところがおありだったのかもしれません」
直木賞や文藝春秋、「オール讀物」「週刊文春」といった雑誌が実名で出てくる一方、同時代の作家たちは南方権三、宮野ゆきみ、馳川周といった、書かれたご本人もニヤリとするような名前で登場している。
「南方さんであるところの北方(謙三)さんにお会いすると、『どんどん書け』『もっと書け』と言って下さいました。作中で南方権三が話している、直木賞の存在意義をめぐる考え方は、実際に私が北方さんと対談した時、じかに伺ったお話を元にしています」
村山さん自身、近年は選考委員として作品を選ぶ立場でもある。
「選考委員側に回ってみると、人ひとりの人生を変えてしまうぐらい大変なことを2時間ぐらいの話し合いで決めているわけです。その責任はこれまでも感じてきたつもりですが、今回、『PRIZE』という作品を書いてしまったからには、その村山由佳が賞に対してゆめゆめ不真面目であってはならん、というような、自分が生み出した作品によって自分自身を律する気持ちが出てきました」
【プロフィール】
村山由佳(むらやま・ゆか)/1964年東京都生まれ。立教大学文学部卒業。1993年『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2003年『星々の舟』で直木賞、2009年『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞と島清恋愛文学賞と柴田錬三郎賞、2021年『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。本作の主人公・天羽カインと同じく軽井沢在住。賑やかな軽井沢への思いや東京から軽井沢まで1時間あまりを過ごす新幹線への不満など、実感に基づく(?)天羽の感慨も楽しい。
取材・構成/佐久間文子 撮影/篠田英美
※女性セブン2025年3月6日号