『科学史家の宗教論ノート』/村上陽一郎・著
【書評】『科学史家の宗教論ノート』/村上陽一郎・著/中公新書ラクレ/1100円
【評者】香山リカ(精神科医)
宗教はコワい。そう思っている人も多いだろう。それは宗教の違いが火種となっている戦争やカルト宗教の洗脳などのニュースに触れているからである。逆に言えば、それほど宗教や信仰の力はいまだに強いということだ。
この本の著者は、名高い科学史家で自身はクリスチャンだ。「宗教か科学か」をまさに体現している著者は、日本人は様々な宗教に関してあまりに無関心、無教養だと喝破する。そして改めて世界に広がる宗教についてわかりやすく解説を加え、次第に「宗教か科学か」という大問題に近づいていくのだ。
著者は、科学が芽生えた頃の研究者たちは決してキリスト教に対立していたわけではなく、むしろこの世界を創造した神の計画を解き明かしたいと願って生まれたのが科学だと主張する。それが十八世紀になって著者が「聖俗革命」と名づける“科学の独立”が起きて、状況が一変した。本文から引用しよう。
「『聖俗革命』で変貌し、独立した後の科学が、キリスト教のみならず、宗教全般に対して、とりわけ、神概念の存在に対して、強力に反対、否認する論拠を提供したことは、紛れもない事実に違いありません。」
しかしたとえそうであっても、「私たちの身近にも、自然科学が手を出せない、自然科学の扱う世界とは次元が異なる領域が少なくとも一つはある」のではないか、と言う。科学は「知る」を扱う学問だが、人間の営みには「信じる」というものもあるのだ。
運動会の前の日に、「晴れますように」とてるてる坊主を作ってつるす。そんな孫に向かって「非科学的な神だのみはするな!」と怒る人はいるだろうか。有名なルルドの泉に浸って「病が癒えた!」と言う人もたしかにいる、と著者も言う。説明はできないけれど信じている、信じたい。そんな心の営みの延長が宗教なら、もう少し理解してみたい。本書はそんな謙虚で心やさしき人にピッタリの良書である。
※週刊ポスト2025年3月14日号