藤子・F・不二雄作品に精通した伊藤公志さん。寺本監督からの信頼も厚い
「歴代シリーズ最高傑作」「映画ドラでの完成形」──3月7日に公開された『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』が、大きな反響を呼んでいる。全国週末興行成績ランキング(興行通信社調べ、3月14日~16日)では、前週に続き2週連続で1位。累計観客動員114万人、興行収入14億円を突破する破竹の勢いだ。
シリーズ45周年を飾る本作は、完全オリジナル脚本による作品。「ドラえもん愛」たっぷりのスタッフによって、藤子・F・不二雄が原作まんがを描いた『映画ドラえもん』の「王道」をめざして制作された。
「ドラえもん愛」と「王道」。2つのキーワードを軸に、重要な役割を果たしたスタッフ4人にインタビューを敢行。今回はシナリオを書いた脚本の伊藤公志さんに、「ドラえもん」の魅力や制作秘話を聞いた。【全4回の第2回】
※本稿は『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』の一部展開に触れています。ご理解のうえ、お読みください。
生粋のマニアがアニメ『ドラえもん』の脚本家に
──伊藤さんの「ドラえもん愛」を教えてください。
幼いころ、テレビで帯番組の『ドラえもん』を毎日観ることができた世代なので、あたりまえのように好きになっていました。「ドラえもん」の漫画も大好きで、最初に買ったのは、てんとう虫コミックスの14巻か15巻あたりだったと思います。それからずっと藤子・F・不二雄先生の作品を追いかけてきました。
お恥ずかしい話ですが、高校卒業後に映画関係の仕事に就きたくて地元の宮城県から上京した際、雑誌に載っていたファンレターの宛先の藤子プロに押しかけたことがあります。藤子・F・不二雄先生がたまたま出てこられたのでサインをお願いしたら、快く書いてくださりました。今考えると、めんどうなファンですが、先生はとても謙虚で、誠実に対応してくださりました。その日のことは鮮明に覚えています。
その後、2012年ごろからテレビアニメ『ドラえもん』のアイディア会議に参加して、しばらくしてから正式に脚本を書かせてもらうようになりました。
伊藤さんが子どものころから大事に集めてきた『映画ドラえもん』の入場者プレゼントや書店の販促グッズなどの一部。上段左は「くるくるてれび」という電動ハンディ映写玩具用の8mmフィルム
「現実との地続き感」と「絶望感」が重要
──藤子・F・不二雄先生の「王道」への原点回帰を目指されたそうですが、どのように向き合って制作されましたか?
今回の映画に限らずテレビアニメでも、ぼくは常に「王道」から外れた余計なことをやりたくないので、おのずとそちらの方向になります。今作は映画原作の「大長編ドラえもん」シリーズのコミックになってもおかしくないものを目指しました。
ぼくが考える『映画ドラえもん』の「王道」は、やりすぎず、語りすぎないこと。今回の映画で一例を挙げるとすると、ゲストキャラクターとのお別れのシーン。もっと盛りあげて泣かせにかかることもできたと思うんですよ。でも、いわゆる浪花節にするのは『映画ドラえもん』の王道ではありません。寺本幸代監督もそのあたりの勘どころを押さえられていて、変に盛りあげる演出をしなかったのは、さすがだと思いました。
冒険の舞台としては「現実との地続き感」が必要だと思っています。今作では、絵の中の世界だけで冒険してしまうと、ただのファンタジーになってしまうので、自分たちと同じ世界で、時代は違うけど実際にあったかもと思える中世ヨーロッパをメインの舞台にしました。
そこで何かが起きてしまった時、そこだけでなく、のび太たちの日常も崩され、ひいては地球全体が危機に陥ってしまうかもしれない。のび太たちが世界の危機を背負う感じこそが、『映画ドラえもん』の王道じゃないでしょうか。藤子・F・不二雄先生がのこされた「片足は現実にひっかけて、手を伸ばして空想の世界へ」という言葉にすべてがつまっていると思います。
あと、王道として意識したのは「絶望感」。大長編シリーズでいうと『のび太の海底鬼岩城』や『のび太と鉄人兵団』の追い込まれる感じ。ぼくは子どものころ、「オイ、これはいつものテレビとは違うぞ!」「さすがにこれをしくじったら大変なことになるんじゃないか?」と感じさせられた瞬間にぞくぞくしました。その感覚を今の子どもたちにも感じてほしいですね。
先日劇場で鑑賞した際、クライマックスのシリアスなシーンで劇場全体がビシッと張りつめた空気になったので、心の中で「やった!」と叫びました(笑)。「ドラえもん」だからハッピーエンドになることはわかっているけど、それにしてもこれは手づまりじゃないか、と思わせてから、いかにひっくり返すか。そこを考え抜きました。
今作の舞台は13世紀ヨーロッパにあったとされるアートリア公国。絵の中を通り抜けてたどり着いた
伝説の悪魔イゼールの圧倒的なパワーを前に、絶望感に襲われるのび太たち
思い出いっぱいのオマージュシーン
──『のび太の絵世界物語』で、ご自身の「ドラえもん愛」や藤子・F・不二雄先生の「王道」を表現できたと思うシーンはどこですか?
よくいろいろなオマージュが入っているといわれるのですが、あまり意識して入れていないんです。「はいりこみライト」で絵に出入りする時に逆さまになる描写は、『のび太の宇宙開拓史』の移動のイメージを寺本監督に伝えましたが、過去の名シーンを繰り返したかったわけではありません。これまで映画シリーズを楽しんできた方たちに、違和感なく観てもらうための工夫です。
ただし、冒頭でののび太とドラえもんのセリフのやりとりは、原作の「大むかし漂流記」の出だしの明確なオマージュになっています。子どものころ、この話が入ったテレビレコードが大好きだったんです。何度も聴いたセリフなので、冒頭の場面にぴったり合うと思って入れ込みました。
ドラえもんが魔術師のかっこうをしていることにちなんだものだと、藤子・F・不二雄先生が描いた「魔法事典」というエピソードに登場する「テケレッツノパー」というセリフ。これは映画後半に出てくる、へたっぴなあいつが最初に発する言葉としてピッタリだ! という直感から使いました。この原作エピソードは入場者プレゼントの本に掲載されているので、あわせて楽しんでほしいですね。
王道でいえば、「はいりこみライト」で絵の中に入って冒険へ出かける感じは、のび太の部屋から直に知らない世界に行って帰ってくる、映画ならではの展開を表現できたと思います。『のび太の宇宙開拓史』のタタミの下が宇宙船につながっている、あの感じですね。冒険の第一歩で乗り物に乗ってどこかへ行くのではなく、のび太の部屋からそのまま冒険に出かけられるようにこだわりました。
絵の中でミノタウロスに襲われる冒頭の場面。ふたりのかけ合いに注目だ
ひみつ道具「はいりこみライト」を使って、ダイレクトに非日常の冒険へ!
研ぎ澄ましたシンプルさを楽しんでほしい
──改めて藤子・F・不二雄先生の作品の魅力とは?
今、「大長編ドラえもん」などの藤子・F・不二雄先生の原作まんがを読み返しても、絵も内容もまったく色あせないですよね。同じころに描かれた漫画では古く感じてしまうものも多いのに。
一コマに集約させる技術もとてつもないと思います。多くのページを要して語るより逆におもしろかったり、怖かったりします。たとえば「人食いハウス」(てんとう虫コミックス第14巻収録)の「シ~ン」という一コマ。ふつうだったら怖さを表現するためにいろいろなことを描きたくなるものですが、これだけでゾクゾクッとする。感動のシーンも読者を泣かせたかったら、いっぱいしゃべらせたくなります。
でも藤子・F・不二雄先生はそぎ落として一コマに集約させる。そんな研ぎ澄ましたシンプルさが最大の魅力です。
『のび太の絵世界物語』は寺本監督たちのお力で、そんな表現もできたのではないかと思っています。もちろん先生には及びませんが……でも、みなさんに「王道」を感じてもらえたら最高ですね。
藤子・F・不二雄作品の魅力を熱く語る伊藤公志さん
「人食いハウス」(てんとう虫コミックス14巻収録)より。左下のコマで、謎の家の不気味さを無音と影だけで表現
*第3回は、ドラ愛を叫び続けて念願の『映画ドラえもん』初参加を果たした、美術監督の友澤優帆さんのインタビューを公開予定。
【プロフィール】
伊藤公志(いとう・さとし)/1973年生まれ、宮城県出身。脚本家。テレビ番組などの構成を経て、2012年からテレビアニメ『ドラえもん』に関わり、2014年から脚本としてスタッフに名を連ねる。2022年、川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムのオリジナルアニメ『ドラえもん&Fキャラオールスターズ すこしふしぎ超特急(エクスプレス)』の脚本を担当。『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』の小説(ジュニア文庫)と、児童よみもの(コロコロよみもノベル)も執筆。
©藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
取材・文/神谷直己
写真/浅沼敦
口コミで絶賛の嵐となっている『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』
映画のあらすじ
数十億円の価値がある絵画が発見されたニュースを横目に、夏休みの宿題である“絵”に取り組むのび太。その前に、突然絵の切れ端が落ちてきた。
ひみつ道具「はいりこみライト」を使い絵の中に入って探検していると、不思議な少女・クレアと出会う。彼女の頼みを受けて〈アートリア公国〉を目指すドラえもんたちだったが、そこはなんと、ニュースで話題の絵画に描かれた、中世ヨーロッパの世界だった!
そしてその世界には〈アートリアブルー〉という幻の宝石がどこかに眠っているらしい。絵の中の世界〈アートリア公国〉とは一体……?
幻の宝石のひみつを探るドラえもんたち。しかし、〈アートリア公国〉に伝わる“世界滅亡”の伝説が蘇えってしまい、大ピンチに!!はたして、のび太たちは伝説を打ち破り、世界を救うことができるのか!?
作品概要
■タイトル:『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』
■原作:藤子・F・不二雄
■監督:寺本幸代
■脚本:伊藤公志
■キャスト:
ドラえもん:水田わさび
のび太:大原めぐみ
しずか:かかずゆみ
ジャイアン:木村昴
スネ夫:関智一
クレア:和多田美咲
マイロ:種﨑敦美
チャイ:久野美咲
パル:鈴鹿央士
アートリア王妃:藤本美貴
アートリア王:伊達みきお(サンドウィッチマン)
評論家:富澤たけし(サンドウィッチマン)
■主題歌:あいみょん「スケッチ」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
■挿入歌:あいみょん「君の夢を聞きながら、僕は笑えるアイデアを!」(unBORDE/WARNER MUSIC JAPAN)
■コピーライト:(C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2025
■公式HP: 『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』公式サイト
■公式YouTubeチャンネル: 【公式】ドラえもん / 藤子・F・不二雄チャンネル – YouTube
■公式X: 映画ドラえもん 公式X