『昭和街場のはやり歌』と『続 昭和街場のはやり歌 戦後日本の希みと躓きと祈りと災いと』(前田和男・著/彩流社/2023年8月刊、2024年5月刊)
今年は、昭和元年から数えてちょうど100年の節目。つまり「昭和100年」にあたる。戦争と敗戦、そして奇跡の高度経済成長へと、「昭和」はまさに激動の時代であった。『週刊ポスト』書評欄の選者が推す、節目の年に読みたい1冊、読むべき1冊とは?
国際日本文化研究センター所長の井上章一氏が取り上げたのは、『昭和街場のはやり歌』(前田和男・著/彩流社/2750円 2023年8月刊)と『続 昭和街場のはやり歌 戦後日本の希みと躓きと祈りと災いと』(前田和男・著/彩流社/2420円 2024年5月刊)だ。
* * *
「炭坑節」は、敗戦後に流行した曲である。日本各地へ盆踊り唄として、ひろまった。福岡の三池炭鉱にでる月をうたいあげた曲である。しかし、歌詞がえがく光景は有明湾ぞいの三池炭鉱にふさわしくない。むしろ、湾岸からははなれた内陸の三井田川炭鉱と、みごとに符合する。
では、どうして内陸部の鉱山をとりあげた曲が、海に近いそれへさしかえられたのか。著者は、そこにGHQの占領政策がおよんでいると、喝破する。三池炭鉱のあった大牟田に米軍が進駐したせいだと、とりあえずめぼしをつけた。だが、著者の分析はそこにとどまらない。
元曲は、もともと座敷踊りの唄だった。これを、アメリカ的なフォークダンスへ近づけることも、占領軍は画策する。そして、じっさいに野外の民衆舞踊、盆踊りへくみかえた。そういうアメリカ化を読みとったうえで、三池炭鉱への変更にひそむアメリカの影は抽出されている。
今のべたのは、本の冒頭におかれた第一話の要約である。そして、著者は同じスタンスで、昭和歌謡史を論じる。楽曲の背後にひそむポリティクスやエコノミクスをさぐっていく。そんな論述が、正続両冊であわせ三十六篇、披露されている。
「イムジン河」は、日本と朝鮮のあいだに、どのような影をおとしているのか。テレサ・テンのラブソングと中台関係のかかわりは、こう読める。「リンゴの花ほころび……」ではじまる「カチューシャ」に、日本人はロシア民謡としてしたしんできた。それが、ウクライナへせめこむロシアの軍歌になる理由。ベートーベンの第九、「合唱付」を年末に演奏するのは日本だけだが、なぜか。「上を向いて歩こう」がはらむ複雑きわまる裏事情。
どれもこれもおもしろい。随所で、感心させられた。ざんねんながら、著者の臆断にとどまる指摘も、けっこうある。それでも、昭和史へわけいる新しい見方がまなべたことは、多としたい。
※週刊ポスト2025年4月18・25日号