『なぜ日本は没落するか』(森嶋通夫・著/岩波現代文庫/2010年7月刊)
今年は、昭和元年から数えてちょうど100年の節目。つまり「昭和100年」にあたる。戦争と敗戦、そして奇跡の高度経済成長へと、「昭和」はまさに激動の時代であった。『週刊ポスト』書評欄の選者が推す、節目の年に読みたい1冊、読むべき1冊とは? ノンフィクション作家の岩瀬達哉氏が取り上げたのは、『なぜ日本は没落するか』(森嶋通夫・著/岩波現代文庫/1100円 2010年7月刊)だ。
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初刊が1999年の本書のテーマは、2050年の日本はどうなっているか、だった。
「没落が始まると…国民の自信を高めるために、『心ある』人々による右傾化の動きが生じるだろう。すでにその徴候はある。…さらに付け加えれば、こういう動きは国際的に連動していることが多い」
経済理論学者である森嶋通夫は、日本社会での窮屈を厭ってロンドン・スクール・オブ・エコノミクスへと学究の場を移し、以降、日本への厳しい批判をつづけてきた。高度経済成長の理由はアメリカへの「卑屈なまでに忠実な敗戦国」だったからだと、論議の種だけでなく、少なからぬ反撥も受けた学者である。だが、それは母国へのほとばしる熱情のためであった。
「未来論は、そのような未来が起こるための論理が現体制に内在しているかどうかを論じる現在論である」とする森嶋の分析手法は、専門である経済学に歴史学、教育社会学、宗教社会学を織り混ぜた、本人いわく「交響楽的社会科学」である。そこでは幕末・明治・大正から現在(さらには未来)への連続性が、昭和にあると見ている。
たとえば昭和最大の没落である敗戦を招いた東条英機は、じつは家庭人で、援護する陸軍軍人らには細かい配慮をするひとだった。いいかえれば、彼への異論や批判には「非情になり切れる人」で、この独裁体制を生んだのが「和」の精神だった、としてこう続ける。
「和の精神は、集団の保存装置として異分子の摘発、粛正、処分を行なう機構の存在を正当化する」
そこで冒頭での引用、「心ある」人々、である。カッコづきにしたのは、「個人よりも全体を優先させようという性向」の「政治家」と「宗教家」の活動が、じつのところ公のためではなく「自分のためのものであった」ことへの皮肉であり、読者への警報である。
この現象を、社会科学に忠実な手法でアプローチした森嶋が警告するのが、どんづまりの経済下で保守党政治家がおそらく取るであろう、雇用創造策としての「軍産複合体」で、ふたたびの没落だ。
※週刊ポスト2025年4月18・25日号