『陽だまりの昭和』(川本三郎・著/白水社/2025年2月刊)
今年は、昭和元年から数えてちょうど100年の節目。つまり「昭和100年」にあたる。戦争と敗戦、そして奇跡の高度経済成長へと、「昭和」はまさに激動の時代であった。『週刊ポスト』書評欄の選者が推す、節目の年に読みたい1冊、読むべき1冊とは? 雑文家の平山周吉氏が取り上げたのは、『陽だまりの昭和』(川本三郎・著/白水社/2640円 2025年2月刊)だ。
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「昭和100年」ではなく、「昭和百年」と表記するのが、「昭和」への正しい向き合い方だろう。
それはさておき、昭和の百年は、昭和三十九年(一九六四)の東京オリンピックを境に、前半と後半に分けられる。『陽だまりの昭和』は、その前半の「昭和」の日常を、映画と本を手がかりに再現してくれる。いまは失われた大事なモノが、気配が、空気が、人間関係が、そこでは追体験できる。川本三郎にしか出来ない「自家製タイムマシーン」の魔術である。
アルマイトの弁当箱、ミシン、こたつ、風呂敷、ガリ版、アドバルーン、井戸水、原っぱの野球、紙芝居、川泳ぎ、バスの車掌さん、デパートにお出かけなど四十三のアイテムは、エアコンがまだ普及していなかった時代の寒さ、暑さを思い出させてくれる。人肌の昭和、なにげない昭和を知ることで、「昭和史」の記述では抜け落ちる欠落を埋めることができる。人々のぬくもりを、日々のいとなみを後世に伝えてもくれる。
川本三郎の魔術は、画面と活字の細部から再現されるので、本書に導かれ、いつでもそこに行ける。映画ならば成瀬巳喜男と小津安二郎の作品、俳優ならば高峰秀子と笠智衆。さらには、五所平之助や木下惠介や野村芳太郎、田中絹代や小林桂樹や久我美子も。本ならば、向田邦子と松本清張と林芙美子。さらには、井伏鱒二や石坂洋次郎や永井荷風も。ストーリー本位だと見落としかねない、小道具や暮らしの隅々が輝いてくる。
さりげなく提示される視点は、「昭和」という時代を知るには絶対に必要な視線を養ってくれる。昭和どっぷりで生きた人には、やすらぎの時間を。昭和後半以降に生をうけた人には、新鮮な発見をもたらすはずだ。
本書は、昭和二十七年(一九五二)の成瀬監督の家族映画で、戦争の影が濃い「おかあさん」から幕を開ける。「おかあさん」はその後も随所に言及される。この一本の傑作に川本三郎の発見した「陽だまりの昭和」が凝縮され、永久保存されている。
※週刊ポスト2025年4月18・25日号