染井為人氏が新作について語る(撮影/内海裕之)
2019年と2024年。それは数々の優れた創作物の舞台となってきた歌舞伎町にとって、コロナ禍の前と後とも、旧ミラノ座跡地に歌舞伎町タワーが聳える前と後ともいえる。
「もうひとつは世間の人達がトー横キッズという言葉を何となく認識し始める前と後でもあって、個人的にはその5年でいろんなものが変化した気がするんです。平等が過剰に叫ばれたり、おかしいことをおかしいと言っちゃいけないみたいな、妙に正しくて抑圧的な空気に覆われつつあるというか。言い方は難しいんですけど、そういう諸々の象徴に、あのいかにも国際基準って感じの小ぎれいなタワーが映ったのかもしれません」
染井為人氏の新作『歌舞伎町ララバイ』の主人公は、9歳から父親の性的虐待を受け、中学を卒業後、ここ東宝ビル界隈に流れ着いた、15歳のトー横キッズ〈七瀬〉。〈もっとも、そんなふうに呼ぶのはダサい大人たちで、当人たちは自分らが何者であるかなど考えたことはない〉と、この世界の全てを冷めた目で見つめる彼女は、パパ活で稼いでは男に貢ぐホスト狂いの〈愛莉衣〉や、〈あー誰でもいいからぶっ殺してぇー〉と言いつつ実は小心者な〈ユタカ〉など、界隈にたむろする仲間達にどこか距離を感じていた。
が、ある事件を機に七瀬は怒る。自分達を利用する大人や歌舞伎町そのものに対して、彼女なりの〈浄化作戦〉を仕掛けるのである。
『正体』『悪い夏』と昨今は映画化も相次ぎ、原作共々高い評価を集める染井氏。
「『正体』が日本アカデミー賞の最優秀監督賞と主演男優賞をとった時は藤井道人監督や横浜流星君と抱き合って喜んだし、元々自分は芸能関係にいたのもあって、チームの一員としてできることがあれば何でも協力しますっていう感じではもちろんあるんですけどね。でも映画はやっぱりそのために頑張ったスタッフやキャストのもので、自分の本とは繋がらないというか、どこか俯瞰で見ちゃう部分はあるかもしれません」
そんな彼がデビュー以来、最も意識するのが、読みやすさやリーダビリティだ。
「特に10代、20代の人物の多い作品ではあまり難しい言葉や漢字を使わないとか、ごく単純なことなんですけどね。僕もデビューしたての頃は自分にしか書けない言い回しを書くのが高尚な文学だなんて思っていたところも多少あった。でもそんなの、なんも意味ねえなってことにデビューして気づいて、今は書けば書くほど文章がシンプルになっている気がします」
その分、〈親ガチャ〉談議に興じるパパ活女子とそれすら無邪気に感じる七瀬の温度差など、彼らの中にもあるグラデーションを丁寧に描きたかったという。
「僕ら大人はそういう子をすぐ型に嵌めがちですけど、調べてみると結構いろんな子がいるんですよ。単に親と喧嘩して家出した子もいれば、社会勉強のためにトー横キッズやってますみたいな賢い子もいて、七瀬のように壮絶な過去を抱えた子ももちろんいる。
僕はいつもプロットなしにいきなり書き始めるんですが、その中で最も逃げ込まざるを得なかったような少女を主人公にしたいなあと思いながら1ページ目を書いた瞬間、七瀬のキャラクターが決まっちゃったんです。歌舞伎町の猥雑さを有難がり、自分を〈まちがって生まれてきてしまった者〉と言いきれる、彼女の深い諦念みたいなものがそうさせたのかなって思う」