放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、高樹沙耶の波瀾万丈のヒストリーに焦点を当てる。
* * *
今週のワイドショーは、25日、大麻取締役法違反(所持)の疑いで逮捕された高樹沙耶の話題でもちきりだった。
それまで小池百合子都知事一色で、豊洲や五輪の話題で数字を稼いでいたワイドショーがいっきに「高樹沙耶」一色になったのだから、視聴者にも制作側にもいかに衝撃が強かったかがうかがわれる。
ワイドショーのメインは、「なぜ高樹沙耶が変わってしまったか」で、数々の転機の傍らには必ず男性の存在があった…というものだった。
カメラマンと交際したのをきっかけに写真に凝りだした…、ダイバーで水中カメラマンと出会い「フリーダイビングW杯」で水深53メートルの日本記録(当時)を打ち立て銀メダルに輝いた…は代表的な例。そして「医療大麻の合法化」にのめり込むのも男性の影響だったと思われる。
私は、高樹沙耶が「益戸育江」の名前でモデルをしていた10代の頃、彼女の大ファンだった。主にチェックしていたのは『mcシスター』(現・ハースト婦人画報社)での活躍ぶりだった。
mcは同社の男性誌「メンクラ」こと『MEN’S CLUB』の頭文字。シスターは「妹」で、「おしゃれ男性のカワイイ妹たちがファッションのお勉強をする雑誌」だと私は理解していた。
『セブンティーン』よりもトラディショナルで、掲載されている服の値段が少し高かったと記憶する。まず飛びついたのは都心の私立の中高に通う女子たちで、益戸育江は彼女たちから“ちゃんづけ”で呼ばれ、愛されていたものだ。
どういうワケか、ウィキペディアの『mcシスター』歴代モデルの中に「益戸育江」の名前は入っていない。だが、同誌の愛読者だったという一般女性のブログには筆頭に彼女の名前があった。そう、「益戸育江」は間違いなく『mcシスター』のカリスマモデルだったのである。
かわいいというよりはカッコイイ顔立ちで、当時爆発的に流行っていたアイビールックがよく似合っていた「益戸育江ちゃん」。その後、『an.an』(マガジンハウス)の街頭スナップで妹と公園通りで撮られていた私服もカッコイイままだった。
なので、そんな彼女が映画『沙耶のいる透視図』で大胆な濡れ場を演じたときには、昔のファンはドン引きしたものである。
ファッション誌のモデル時代、女性読者に支えられ、その後、女優に転身する者が昔もいまも多い。90 年代には赤文字系雑誌出身者の多くが肩書を「モデル」から「女優」へと変えていった。
益戸育江は、その走りともいうべき存在と言えるが、いきなり濡れ場だらけの映画のヒロインに抜擢され、それを受けるとは…。
当時彼女が何を想い、どんな大人から誘われてこの作品に出たのかはわからないが、恐らく、心酔する男性の存在がそこにもあったように思うのである。
今回の逮捕によってワイドショーやスポーツ紙で紹介される彼女のプロフィールは必ずこの『沙耶のいる透視図』からだ。彼女はこのときの役名「沙耶」に「高樹」を付け、益戸育江から「高樹沙耶」になった。