私は一昨年末に『グループサウンズ文化論 なぜビートルズになれなかったのか』(中央公論新社)という著書を刊行したが、その根底にあったのは、GSに対する正当な歴史的評価を提起したかったという思いである。
「ビートルズになれなかった」という文脈から言えることは、まず音楽性であるが、これは、ある意味、仕方がないことであった。当時の日本では、プレイヤー、ファン、制作サイドのどのレベルにおいても洋楽的音楽センスは未成熟であり、残念ながら、「まがい物」のそしりは免れないものであった。
とはいえ、大事なことは、レコード会社の徒弟修業的な専属作家制度を打破し、橋本淳、なかにし礼、すぎやまこういち、筒美京平などの、フレッシュな才能を持ったフリーの作詞家、作曲家が台頭し、伝統的歌謡曲のテイストを大きく変えたことである。さらには、GSは、プロが作る歌謡曲を歌わされていたと思われがちだが、スパイダースやブルー・コメッツのシングルの半分以上はメンバー(かまやつひろし、井上大輔)が作った自作自演であり、GS全体でも、シングルの3割近くが自作曲であった。
同時代のフォークブームもあわせて、普通の若者たちが、プロの作家、演奏者、制作者を介在しないで、自作自演した曲を、同世代の若者に届けられるという新しい音楽文化の下地が構築されたわけで、GSの時代がなければ、その後のニューミュージックからJポップへと至るわが国の音楽文化は育たなかったのである。
「GSがビートルズになれなかった」もう一つの要因は、当時の政治的時代状況にあった。いうまでもなく、1960年代後半は、全世界で「若者の反乱」=「大人への反抗」が噴出し、ロックミュージックも、その文脈で若者の支持を獲得していたわけである。