■東京タワーと昭和の香りと
オフィスビル、ホテル、マンション…。典型的な大都会の風景になった芝、三田地区だが、芝3丁目でも北西側に位置するあたりは、再開発計画を辞退したとかで、今も昭和の香りを強く残している。そんな空間の一角にある『河米(かわよね)伊藤酒店』には、夕方になると、周囲の高層ビル群で働くサラリーマンたちが、働き蜂が蜜を求めるように集まってくる。彼らの目には、この角打ちのできる店が、お花畑に見えているのだろう。
この酒屋の主人は、3代目になる伊藤良成(よししげ)さん(59)。
「明治末期に、祖父の米蔵が屋号にその名を入れて、雑貨屋を兼ねた酒屋を始めたのがうちの始まり。跡を継いだ父・圭二がスーパー形式にして、大繁盛の店にしたんです。角打ちも、私が子どものころからやっていましたよ。店で飲んでるおじさんたちの間で、遊んでた記憶があります。忙し過ぎて手が回らないからと、途中でやめてしまったんですけどね」
一時はこの店から消えた角打ちだが、良成さんが10年ほど前から再び始めた。
「コンビニにしませんか? なんて話がずいぶんあったんですよ。なんかそれでは味がないように思えて全部断り、以前から角打ちで来てくれていたお客さんたちの強い後押しもあって、現在のような店にしたんです」
午後7時。店はほぼ満員の25~26名で埋まっている。
「お客の9割9分までが三田系のサラリーマンの皆さんですよ。中心は40~50代ですかね。30代とかリタイアした人とかもいらしてくれます」
彼らがそれぞれに囲むのは、飲むにも食うにも手をついて休むのにもちょうどいいと評判をとっている、高さ90cmの6台の角打ち台。町内の日曜大工好きの知人が作ってくれたというこの正方形の台のうち、2つは指定席になっている。