この店は、ずっとあこがれていた元少年たちの秘密基地?
懐かしのボロアパート?
「店で飲んでいるというつもりは全然ないんですよね」。東京・池袋にある『三兵(さんぺい)酒店』という名前のついたこの角打ち屋に集まるサラリーマンは誰もがこう言う。
「6年くらい前から、近くまで来ては眺めていたほどあこがれていたんです。でも、狭そうだし古そうじゃないですか。それがなんとなく怖い感じで、入りにくくてね。思い切って戸を開けたのが5年前でしたかね。
足を踏み入れたら、小さい頃に仲間と作った秘密基地っていうんですか。あの雰囲気が一気に蘇って。男はいつまでも少年……なんて気取る気はないですけど、以来、通い詰めです」(40代男性)
「若い頃、ポンユーのアパートの部屋に入り浸っていたあの感じで、実に居心地がいいんだなこれが。自宅よりのんびりできてるんじゃないんですかね」(50代男性)
あるときは、遊び仲間が10人を超えるとちょっと息苦しくなる狭さの秘密基地総司令官。またあるときは古アパートの大家さん。姿をときどき変えてカウンターの向こうから仕切るのは、谷津(たにつ)吾朗さん(55)。三兵の3代目だ。
「酒屋をこの場所で始めたのは、爺ちゃん。兵次郎という名前でね。丁稚奉公していた店の名前が三河屋だとかで、正確な創業年はわからないが、屋号はそこからとって三兵酒店にしたそうですよ」(吾朗さん)
吾朗さん自身は次男なので、店を継ぐつもりはなく、有名漫画家のアシスタントとなって漫画家への道を歩んでいた。しかし、兄が急逝したことでやむなく25年前に3代目として店に入り、父を手伝うことになった。
「50年ほど前から親父が角打ちを始めていて、昔から手伝ってた。だからそういう意味では違和感はなかったかな。でもね、親父は閉店の12時になるとみんな帰れってタイプだったけど、おれはいつまでいてくれてもかまわないよってタイプ。確執ってほどではないけど、ちょっとね(笑い)」(吾朗さん)
その父は、3年前に病に倒れリタイヤ。現在は吾朗さんがひとりで店にいる。
「やがて90歳になる親父だけど、今は元気になってね。たまに電動自転車で店に来るんだけど、そんなときは古いお客さんたちは、もう大喜びですよ」(吾朗さん)