今国会で安倍晋三首相は「特定秘密保護法案」をなんとしてでも成立させようとしている。安倍首相が熱心に法案を推進する背景には何があるのか。
安倍首相にとって大先輩の保守政治家の重鎮で、「師」とも仰ぐ中曽根氏が首相時代に実現できなかった重要法案が「スパイ防止法案」だ。
これは外交・防衛上の国家機密の守秘義務の範囲を定め、公務員が機密を第三者に漏洩した場合、最高死刑という重罰を科す内容だった。現在、国会で審議中の「特定秘密保護法案」の源流となった法案である。
時の中曽根首相は1985年から1986年にかけて、スパイ防止法案を内閣提出法案として国会提出をめざしたが、国民の批判に加え、谷垣禎一・現法相、大島理森・前副総裁らが反対の意見書を出すなど党内がまとまらず提出断念に追い込まれた。
政治評論家の浅川博忠氏が語る。
「タカ派の中曽根総理はスパイ防止法案に積極的だったが、メディアが一斉に反対の声を上げ、自民党では宏池会や三木派など慎重論のハト派が一定の勢力を持っていた。とくに大きかったのが政権の大番頭だった後藤田正晴・官房長官の存在。
カミソリと呼ばれた後藤田氏は、旧内務官僚時代の中曽根氏の先輩で、政権の危機管理を一手に握っていたが、考え方はハト派。スパイ防止法案について、『秘密というのは法律で縛るものではなく、そもそも守れる者にしか預けてはならないものなんだ』とストップをかけた。後藤田氏がそういえば、中曽根首相は無理押しできなかった」
ところが、あの当時、スパイ防止法案に反対していた谷垣氏らが今回の特定秘密保護法案には賛成に転じたり、沈黙を守っている。
「彼らは反対の意見書に名前を貸した程度で信念から反対していたわけではない。党内でハト派の勢力が弱まっている今、安倍首相に楯突いても利はないと考えているのでしょう」(当時反対した元自民党議員)
裏を返せば、安倍首相の党内基盤は当時の中曽根氏以上に強固で、党内の慎重派に声を上げさせない威圧力があるということだ。