60年前(1953年)の3月30日、東京都墨田区の賛育会病院で出生直後に取り違えられた男性Aさん(60)が、病院を訴え勝訴。11月27日には、都内で記者会見を行なった。「取り違え」という異例の事態。今後、気になるのは金銭面の問題だ。
Aさんら原告側は2億5000万円の損害賠償を求めたが、病院側にはAさんに3200万円、3人の実弟に600万円の支払いが命じられた。病院側が控訴するかは、本稿締め切りまでにわかっていない。
しかし「別人として過ごした60年」の代償が3000万円余りというのでは、あまりに報われない。賠償請求の時効が10年のため、それ以上さかのぼっての賠償は認められなかったのだ。
もうひとつ大きな問題が「相続」である。すでにAさんの実父・実母ともに他界している。Aさんの担当弁護士である大島良子氏がいう。
「実母の遺産は、いったんはAさんと取り違えられたBさんと3人の兄弟で相続がなされましたが、今回の件で白紙となりました。Bさんの相続分を母親の名義に戻す訴訟をし、すでに確定しています。
実父の相続がどうなるかについてはこれからですが、Bさんに相続の権利はなく、当然、実子であるAさんが相続するものと考えています。Bさんはいわゆる『表見相続人』にあたる。
これは、間違って戸籍に載ってしまい、相続の資格があるように見えるが実際は相続人でない人のことです。相続の権利は、戸籍ではなく、実際の血縁関係から生まれるのです」
Aさんの両親の“実の息子”として60年間生活してきたBさんだが、血縁関係がないとわかった以上、相続の権利は得られないという。相続に詳しい荘司雅彦弁護士が、一般的な法的見解を解説する。
「今回の場合、実際には相続の権利のないBさんが相続をしており、権利のあるAさんが相続に関わっていない。そうなると、この相続は無効となる。ただし、自然に無効となるのではなく、地裁に『遺産分割協議無効確認』の訴訟を起こすことになる。
地裁で無効確認が出れば、改めて相続の本来の当事者が集まって遺産分割をすることになります。ただし、Bさんがすでに遺産のお金を使ったり、不動産を売却していれば不調に終わる場合もある。その場合、『遺産分割の調停』がなされ、家裁が最も妥当で現実的な判決を下すことになる」