おいでやす通りの愛称で親しまれている大阪の典型的な下町、天五中崎通商店街。そこで終戦直後からのれんを出している『稲田酒店』は、地元の立ち飲み(角打ち)ファンの間で、「とにかくいつも混んでいる店」として認識されている。
この夜も、27~28人が飲めるスペースがある店は、小型セダンに何人乗れるかに挑戦しているような混み具合だった。しかし、この混雑を誰もネガティブに捉えてはいない。目と鼻の先にあるキタの繁華街・梅田のよそよそしい喧騒とは異質の、温かい家庭的な賑わいと感じているのだ。だから、早めに行って様子を見るとか、入れそうもないときは諦めるというような遠慮など存在しない。
みんな、いつもどおりの自分の時間に、透明なアコーディオンドアを開けて、この立ち飲み空間にすっと入っていく。
「気分的には通り全体が自分の家みたいなもんで、この店は居間。あと20年はここで飲んでいたいと本気で思ってる場所ですよ。そこに気がおけん友人が来たら、そりゃ大歓迎でしょ。いくら混んでいたって追い返すわけないなあ」と、50代サラリーマン。