シガーソケットから電源をとることで、クルマの中で炊きたての美味しいご飯が味わえる小型炊飯器『タケルくん』が、売れに売れている。キャンプや釣りなどアウトドアレジャーでの活躍が期待される商品だが、その誕生のきっかけは、あの未曾有の大災害だった。
2011年3月11日、東北を中心とした東日本を大震災が襲った。テレビには連日、津波で流され、放置された大量のクルマの山が映し出されていた。そして家屋を失い、日々の食べ物にも事欠く被災者の姿も……。
そんな映像を見ていたカーアクセサリー企画開発メーカー、ジェーピーエヌ社長が社員の前でこう呟(つぶや)いた。
「津波で流されたクルマはもう走れないだろう。だが、積んでいるバッテリーはまだ使えるかもしれない。車載用のバッテリーでご飯を炊いて食べられれば、被災された方はわずかでも気が休まるのではないだろうか──」
この呟きが、常務取締役の増田信之たち社員の心を突き動かした。
“クルマのバッテリーでご飯が炊ける炊飯器”──そんな商品があれば、どんなに便利だろう。クルマに炊飯器と米、水を備えておけば、防災用品になるのだ。
「クルマの電源でご飯が美味しく炊ける炊飯器はこれまでありませんでした。しかも、我々の得意分野であるクルマに関わる商品が災害時に役立つのですから、こんなにやりがいのある商品開発はありません」
増田はさっそく家電量販店で小型炊飯器を購入。電気変換器を介して会社の営業車のシガーソケットを使ってご飯を炊いてみた。ところが、1合炊くのに1時間半もかかってしまう。それもそのはず、市販の炊飯器は炊飯時に300ワットの電力が必要だが、クルマのシガーソケットは最大でも120ワット程度しかないのだ。試しに無理矢理電力を増幅させて炊いてみると、今度は焦げてしまった。
残された方法は熱効率(保温性)を極限まで高めることだ。わずかな熱も逃がさずに伝える構造にすれば、120ワットでも短時間で炊けるはずだ。
まず、ふたの密閉度を高めてみた。だがそれだけでは熱がうまく伝わらない。そこで思いついたのが、釜と本体を一体化する案だった。この方法ならば熱がダイレクトに釜に伝わり、しかも逃げにくい。米の芯までしっかり炊ける。さらに釜と本体の間に断熱材を挟み込むなどの工夫を加えた結果、約30分で美味しく炊けるようになった。
「炊飯時間が短くなっただけでなく、熱効率が上がったことで保温機能も手に入れました。“これはイケる!”と実感した瞬間です」